きのうの追加緩和は、市場関係者もまったく予想していなかったらしい。外資系トレーダーは「クレイジーだ」と言っていたが、中身は大したことない。ただ日銀の中では、黒田総裁の評判は悪くない。彼が政治の風圧を一人で受け止めてくれるからだ。
白川総裁は、金融政策のエキスパートではあったが、政治家とのつきあいは苦手だった。霞ヶ関でも政策立案のプロと政治家を扱うプロは別で、武藤元副総裁は後者だった。彼の総裁人事を民主党(小沢一郎氏)が壊したことが、間違いの始まりだった。
野党時代の民主党は、政府と日銀が対立したときは日銀の味方だった。それは金融政策を理解していたからではなく、「自民党の干渉や大蔵省の天下りから中央銀行の独立性を守る」という政治的スタンドプレーだった。このため武藤氏の総裁人事を拒否したあとも、元大蔵官僚の候補にはすべて反対した。この結果、本来は武藤氏の補佐役だった白川副総裁が総裁になってしまった。
ところが政権についた民主党は、リーマンショックで大きく落ち込んだ景気を建て直すために、日銀に緩和を求めるようになった。菅首相は突然「デフレ宣言」をして、日銀に量的緩和の拡大を求めた。野党のときはわけもわからず日銀を応援していた民主党が、今度はわけもわからずリフレを求めるようになり、日銀には味方がいなくなったのだ。
だから安倍首相が2012年末の総選挙で「輪転機ぐるぐる」を言い始めたのは、唐突にみえるが必然性があった。リーマンショック以降の世界不況の責任を日銀に押しつけて「大胆な金融緩和」を求めるのは、政治的には巧妙なレトリックだ。安倍氏も金融政策は何も知らないが、問題は経済学ではなく政治だった。
もともとゼロ金利で金融政策がきくはずはないのだから、黒田総裁のハッタリに株式トレーダーはだまされたが、インフレは起こらない。今年前半までは原油高でごまかせたが、ここに来て原油価格が暴落するピンチだ。安倍氏が増税を延期したら、金利上昇というテールリスクが顕在化するおそれがあるので、黒田氏は大芝居を打ったわけだ。
日銀は、昔も今もきわめて政治的な中央銀行である。本書には日経新聞以上の情報はないが、政治的な力関係がよく整理されている。黒田総裁の茶番劇の背景を知る役には立つだろう。