アルバニアは21世紀の「モデル国」 --- 長谷川 良

アゴラ

アルバニアは冷戦時代には「世界初の無神論国家」と恐れられ、冷戦後は「欧州の最貧国」という好ましくないタイトルを付けられてきた。その国が今、注目されている。


▲インタビューに応じるアルバニアのモィシウ大統領(2003年5月、ウィーンで)


欧州連合(EU)への統合プロセス(現在・加盟候補国のステータス)を進める同国の国民経済はまだクリアしなければならないハードルが多く、急速な発展は望めないが、宗派間の共存が21世紀の課題の今日、「アルバニアはモデル国だ」という声が出てきているのだ。

バルカン半島は「民族の火薬庫」と呼ばれ、民族紛争の絶えない地域として恐れられてきた。その半島の南に位置するアルバニアでは、イスラム教を中心にアルバニア正教、カトリック教会、伝統的民族宗教などが存在する。注目すべき点はこれらの宗派が対立するのではなく、共存しているという事実だ。

ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は9月21日、イタリア国内以外では初の欧州訪問の地としてアルバニアの首都ティラナを選び、訪問したが、決して偶然ではない。ローマ法王フランシスコは「アルバニアは多数の宗派が対立せず、共存している」と評価し、アルバニアは超教派和合のモデルと高く評価しているのだ。

アルバニア人は異口同音に「われわれは宗派の違いは問題としない。われわれは同じアルバニア民族だからだ」という。“アルバニア教”と呼ばれている現象だ。バルカンでは大セルビア主義が一時期、席巻したように、アルバニアの歴史では大アルバニア主義が標榜された時代があった。そして大アルバニア主義を支えてきたのがアルバニア教という民族のアイデンティティだったというわけだ。

当方は2003年5月、ウィーン訪問中のアルバニアのアルフレド・モイシウ大統領と宿泊先のホテルで単独会見したことがあるが、大統領はその時、アルバニア教について説明してくれた。以下、その部分を紹介する。

──アルバニアは共産政権(労働党政権)時代、世界初の無神論国家を宣言した。民主化後の信仰の自由はどうか。アルバニアにはイスラム系が70%、正教20%、そしてカトリック教10%と三宗派が存在すると聞く。

「あなたが言った統計が正しいかどうか疑わしい。国民は異なった宗派間の調和の中に生きてきた。わが国には宗教の調和が見られる。それは何も目新しいことではない。オスマン・トルコ支配時代からわが国では宗教は共存してきた。通称アルバニア教と言われるものだ。例えば、私の妹はイスラム教徒であり、私は正教徒だ。そして私の二女はイスラム教徒だ。私の孫がどの宗派に属するのか知らない。これがアルバニアの宗教事情だ」

イスラム教はシーア派とスンニ派の対立、カトリック教会はプロテスタント教会と、そして正教はカトリック教会と久しく対立を繰り返してきたことは周知の事実だ。その3大宗派がアルバニアでは対立することなく共存しているということは奇跡に近いことだ。フランシスコ法王ではないが、「アルバニアは超教派活動で模範となる」といいたくなるわけだ。

「世界最初の無神論国家」「欧州の最貧国」という惨めなタイトルを甘受せざるを得なかったアルバニアが「宗教が調和共存する国」という新しい称号を得ているわけだ。これがアルバニアがいま、注目を呼ぶ理由だ。

なお、アルバニアのエディ・ラマ首相は10日、68年ぶりに隣国セルビアを公式訪問した。コソボ自治州問題で民族紛争を繰り返してきたアルバニアとセルビア両国が和解へ一歩踏み出すことができるか、注目される。いずれにしても、宗派間の対立を超えたアルバニアが民族主義というもう一つのハードルに挑戦しようとしているのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。