慰安婦問題 ~ 韓国の戦術から日本の対応策を考える --- 中井 知之

アゴラ

朝日新聞の「吉田証言記事」の撤回を受け、自民党議員からは「対外発信をより強化すべきだ」「いわれなき非難には断固として反論を」という発言が多い。自民党の国際情報検討委員会は、決議文書の中で「いわゆる慰安婦の『強制連行』の事実は否定され、性的虐待も否定されたので、世界各地で建設の続く慰安婦像の根拠も全く失われた」とまで書いた。しかし、これまで記事撤回が国際社会に大きなインパクト与えたり、日本とってプラスの影響があったとは言い難い。日本はこれからどう対応していくべきなのか、韓国の戦略と国際社会の人権感覚から考えてみる。


慰安婦像の碑文と韓国の戦略

韓国の団体が慰安婦像や記念碑の建立を世界中で計画し、それに日本人が抗議するという動きは近年ずっと続いている。「明らかな嘘」としてよくやり玉に挙げられるのは、パリセイズパークの碑文
“In memory of the more than 200,000 women and girls who were abducted by the armed forces of the government of Imperial Japan”
(日本帝政国府軍により誘拐された200,000人以上の婦女子をしのんで)

あるいは、グレンデールの慰安婦像の
“I was a sex slave of Japanese military.””Torn hair symbolizes the girl being snatched from her home by the Imperial Japanese Army.”
(私は日本軍の性奴隷でした。乱れた髪型は、この少女が大日本帝国軍によって、彼女の家から連れ去られたことを象徴しています)

である。しかし、これらは「日本軍の要請を受けた業者の甘言によって彼女の故郷(home)から連れ去られた」と考えれば、矛盾はなくなってしまう。「国家による管理売春を追及する」という基本方針は外していないのだ。

「20万人」という数字についても、実際は数万人と言われているが、正確な数字は誰にも分からない。「20万」が多すぎることは確かだろうが、結局、推計の仕方の問題であり、「虚偽」だと解説したところで大した効果は望めない。

「性奴隷(sex slave)」の定義も、人や国によってバラバラだ。wikipediaによると、「年季奉公」の定訳である「indentured servitude」は「奴隷制」の意味が強いらしい。慰安婦が親に年季奉公に出されて1日何回も性交渉させられていたことは事実なのだから、「慰安婦」を「性奴隷」と考える人がいても何ら不思議はない。問題は「なぜ日本にだけ不愉快な言葉を使うのか」である。

「強制連行」という言葉も、本来は「徴用」を指すのだろうが、定義(範囲)や英訳は人により異なっていて、否定しても一体何を否定しているのかすら分かってもらえない。「強制性」「軍によって強制され」などと言い換えられることも頻繁にあり、「スマラン事件や、日本軍の使った業者の甘言も強制的な連行」「軍も移送や管理に携わり、軍による強制性があった」と考えられても仕方ない。

このように、韓国側は、「捏造だ」とは断言できない曖昧な言葉・文章を駆使して「日本人が徴用や慰安婦狩りをして性奴隷にした」かのような印象を与え、日本人を「捏造だ」と反発させて不利な状況に追い込むという、結構高度な戦術を取っているように思える。要するに、「国家による管理売春」という事実に対する追及と「曖昧戦術」の合わせ技である。日本側は「曖昧戦術」によって幻の「事実関係をめぐる論争」で独り相撲を取らされ、「国家による管理売春に対する反省・償いが十分か」という本来の土俵で不利になっているのだ。このような状況下では「本物の嘘」も通りやすくなる。

慰安婦の証言

そして、韓国側の最大の武器は慰安婦の証言である。いろいろと信じがたいようなおぞましい被害証言も存在し、それを基に漫画やらアニメも制作されている。しかし、一つ一つ個別の体験談を虚偽だと証明していくことは難しいし、どうしても被害者の証言の方が信用されがちでもある。

しかし、実は、過去の証言集などでは「業者に~された」という内容の証言が多い。『ソウル新聞』は、朴裕河教授の『帝国の慰安婦』書評の中で「女性たちをだまして戦地に引っ張っていき虐待と搾取を日常的に行った主体は、大部分が同胞の朝鮮人の民間会社だった事実を慰安婦の証言を通じて明らかにする」と書いている。韓国側は慰安婦証言でも「主語なし曖昧戦術」を取ることで、嘘をつくことなく「日本人が~した」と世間に思わせている場合が多い。慰安婦像の碑文からしても、「業者の関与」はできるだけ隠したいという韓国側の意図は明白だ。

「日本は何に対して謝罪したのか」を明確にすべき

韓国側が「曖昧戦術」を取っているなら、日本は「はっきりさせる戦術」を取らなければならない。相手の使う曖昧な言葉や文章を否定しても、実際に起こった事実は明確にならない。曖昧さの泥沼に引きずり込まれるばかりである。「じゃあ何で謝罪したんだ」ともなるし、「業者の関与」も明らかにならない。

それに、「軍による強制性を示す資料はなかった」とか「性奴隷ではなかった(大金をもらっていた)」と言うと、どうしても正当化しているようで反感を買ってしまう。大事なことは「~があった」と言って、「実際にあったこと」「日本は何に対して謝罪したのか」を明確に限定して、それに対する反省、償いを示すことだ。河野談話はこれが限定されていないので、韓国にうまく利用されているように思える。(あるいは、河野談話から「曖昧戦術」を学んだのかもしれない)。

国際社会の人権感覚

近年、国際社会では「女性の人権」への関心はますます高まってきている。現代は、アメリカ国務省も年次報告書で「JKお散歩も新たな人身売買」と言って日本を非難するような時代である(大人たちが女子高生を商品化し、売り買いしているという意味)。欧米では「女性集め」の段階だけでなく「移送・管理」も人身売買と捉えるのがごく一般的だ。「強制連行」していなくても、「移送・管理」に携わった(解放しなかった)時点でほぼ同罪なのである。なので、仮に「徴用」や「慰安婦狩り」がなかったと理解してもらったところで大したインパクトは望めない。だからこそ、朝日新聞は「吉田証言記事」を撤回したと思われる。朝日がわざわざ日本が有利になるようなことをするとは思えない。

実際、東郷和彦氏の『歴史と外交』によると、2007年のワシントンポストの意見広告「The Fact」の「日本軍による強制を示す資料はない」「性奴隷ではなかった(高収入を得ていた)」「証言は信用できない」等の主張や証拠を読んだ友人のアメリカ人は、
「総理の対応がその後抑制的になっていたので、せっかく沈静化してきていたのに、これでまた決議案支持派は息を吹き返すね」
「広告の中には正しいことも書いてある。しかし、一番大事な『日本は反省している』ということがほとんど書かれていない。この広告を見て自分は意見を変えた。やはり決議案は成立させた方がよいと思う」
と語り、実際、下院121号の謝罪要求決議案は可決された。

欧米で慰安婦問題に影響力のある議員や記者クラスの人間となると、日本の左翼並みの人権屋と思ってかかるべきだ。彼らにとっては、日本の保守派の「日本の名誉の回復」しか頭にないような言動は唾棄すべきものと映るだろう。これでは、韓国側が「慰安婦問題は現代にも通じる普遍的な女性の人権問題だ」という主張で有利に立つのも仕方ない。

そういう意味では、外務省がクラマスワミ報告反論書公開について「人権問題に後ろ向きに取られる」と難色を示すのは理解できなくもない。安倍首相もそうだが、「吉田証言」「強制連行」「性奴隷」にこだわっていると、「業者の甘言・人身売買」「国家(組織)による管理売春」という「現代にも通じる普遍的な女性の人権問題」の重大さを認識していない、「戦前と変わらない、人権意識の低い国だ」と受け取られてしまうのだ。人の理解は段階的なものなので、「過去の日本」に対する誤解を解くのは、圧倒的形勢不利の現状をいくらか改善してから、つまり、「現在の日本」が「女性の人権を重視する国、人権意識の高い国」と認めてもらってからにした方がいいかもしれない。

日本の取るべき対応策

そのためには、まず、「日本軍が使った業者が甘言・人身売買を行っていた」「日本軍も移送や管理に携わっていた」「業者が虐待・搾取を行ったり、日本兵が暴力を振るった例もあった」という事実、管理者責任を素直に認めれば反感も買わないし、「強制連行がなかった」ことも、「業者の関与」もはっきりする。そして、河野談話や首相名義のお詫びの手紙、アジア女性基金は、現在の日本が人権問題に非常に前向きである証となる。「首相名義のお詫びの手紙」を「不十分だ」と主張するには相当な理由が必要だ。

「人権問題に前向きだ」とアピールする方が受けが良いのは当然のことである。それに、「日本は確かに悪いことをした。だから十分な対応をした」という前提を明確にして初めて、「他の国もやっていた」「昔は当たり前だった」ということが言える。単なる「お前も同類さ」という論理は国際社会で評価されないので、「日本は使用者責任を認めて償いを行った唯一の国である」という優位性をアピールする必要がある。

韓国の「慰安婦問題は現代にも通じる普遍的な女性の人権の問題だ」という主張は、ある意味ハードルを下げているので、共感は得やすいかもしれないが、ブーメランにもなりやすい。「『女性の人権の問題』と言うなら自分たちのやったことはどうなんだ。日本と違って何の反省も償いもしてないではないか」とも言えるし、「過去の問題を取り上げ対立するよりも、現代の問題を解決すべく国際社会が一致結束すべきだ」とも言える。

慰安婦問題について、韓国側は「被害者側」というアドバンテージを持っている。加えて、国際世論をしっかり意識しているし、多様な攻め方をしてきている。日本国内の議論も観察して戦略を練っているのだろう。それに比べると、日本の政治家は、もろに韓国の戦略の追い風となるような言動も多く、あまりに勉強不足の感は否めない。単純に反論するのではなく、韓国の戦略や国際社会の感覚をしっかり見極めて対応策を考えてほしい。まずは、国際社会において「現在の日本」の人権意識に疑義を持たれないようにして、聞く耳を持ってもらえる状況を作ることが必要ではないだろうか。

中井 知之
校正業務