消費増税延期、解散の危うさ --- 井本 省吾

アゴラ

安倍晋三首相が解散に動くという報道が、にわかに活発化している。その読みスジはこうだ──。

景気が思わしくない。アベノミクスへの期待が消えつつある。こんな中で来年10月に予定通り消費税を8%から10%にあげると表明したら、ただでさえ低下傾向にある政権への支持率が下がる。

この先には、国民の抵抗感の強い九州電力川内原発をはじめとする原発の本格的な再稼働、集団的自衛権の行使容認を具体化する安全保障法の国会審議が待ち構えている。閣僚に対する「政治とカネ」の問題の追及も続く見込みであり、支持率引き下げの材料は少なくない。


その後で解散に追い込まれ、総選挙になった場合、惨敗する危険は大きい。だが、落ちたとはいえ、現在の支持率はメディアによって44~48%程度。一方民主党など野党の支持率は低いままだ。

そこで、10%への消費再増税を延期し、「自民、民主、公明の3党合意の案件を延期するのだから、国民の信を問う」ということを名目に解散する。

国民に抵抗感の強い消費増税を延期するのだから、支持率は上がることはあれ、下がる可能性は低い。今解散した場合、多少議席を落としたとしても公明党と合わせ過半数を維持できそうだ。すでに黒田総裁が金融緩和の第2弾を追加し、株価が上昇しており、これも現政権には追い風だ。風がやまない今のうちに解散しよう──。

こうした筋書きが自民党内に広がり、安部首相もその流れに乗りつつあるというわけだ。もちろん、まだ最終決断はなされていないが、ありうるシナリオである。

問題はそれでいいのか、ということだ。日本政府が抱える借金は1000兆円とGDPの2倍に膨らみ、なお膨張の一途にある。増税延期は日本政府に対する海外の信任を低下させ、国債の消化難、円安、長期金利の上昇を招き、財政破綻の恐れが強まる。

年金や医療・介護などの社会保障費用を大幅に削減できれば、消費増税がなくても財政悪化は避けられるが、そういう痛みを強いる政治も国民はいやがる。原発のような必要な電力源でさえ「放射線障害が怖い」とアレルギーが強い。

税負担もイヤだし、年金などの既得権の削減もイヤ、原発などの怖いインフラの整備もイヤ。そうした素朴な国民感情に「待った!」をかけ、国民に苦い良薬を飲ませるのが、歴史に残る名宰相なのだが、いやがる政策を断行する政党は選挙に勝てそうもない。

だから、そうした政党リーダーには排除の力学が働く。残念ながら、安倍首相も「厳しいが正しい政策」に踏み切るだけの政治基盤は持っていないようだ。

厄介な問題を次の世代に先送りし、いよいよ財政破綻寸前になるまで、国民は居心地の良い生活を望み、政治家は真剣に対応しない。「今は良くても将来、もっと大きな損失を招く危険がある」と誰もが感じていながら、「当面なんとかなるだろう」と高をくくる。

氷山にぶつかるまで、豪華レストランで食事や舞踏を楽しんでいたタイタニック号の乗客のように。

国の借金1000兆円。氷山までの距離は意外に近い。良薬を飲まずに、遊んでいられる時間はもうほとんどないと心得たい。

「デフレを脱却し、インフレ基調になれば、増税規模も膨らみ、財政再建が可能になる」という論者もいるが、それほど話は甘くない。

インフレが悪性のハイパーインフレとなる恐れは十分。日本経済は冷え込み、産業界の業績は悪化、失業が急増し、国民の生活はいっぺんに悪化する危険がある。

やはり消費再増税は実行するとともに、社会保障は一定程度削減し、財政基盤を整備しなければならない。そして、農業などの岩盤規制の緩和(撤廃)を進め、若い世代を中心とした事業創造を進める政策を実行し、経済の再活性化を図る。それが本来の道だ。

難しいようだが、少しずつ実行すればできないことではない(消費税を10%もできることの範囲内にある)。

政治は生き物、時にはやりたくないことをしなければならないことはわかっている。自らが総理の座を追われるようなことがあっては元も子もない。望む政治(「日本を取り戻す」)を続けるには長期的な戦略が必要で、私も安倍政権の長期化を望んでいる。

だが、政権の長期化事体が自己目的化するのもまずい。つねに政治の王道を行きつつ行政を進めて行くことが肝心だ。消費増税の延期を名目に解散というのも、「支持率がそれほど下がっていない今のうちに選挙を有利に」という思惑が透けて見えて、かえって有権者の反発を招く恐れがある。国民の間には消費税延期で解散を求める空気は乏しいではないか。

心ある沈黙の大衆は安倍政権に、安易な消費増税延期、解散を求めていないと心得たい。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2014年11月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。