今年ほど「外交」と「国防」の論議に時間を掛けた年は少ない。
永い間タブー視されてきた9条問題も活発に論議され、エネルギーと食糧の自衛を巡って原発やTPP問題も国民的レベルで論議されるなど、日本の政治的成熟に寄与する年でもあった。
この論議の過程で明らかになった事は、「次世代の党」の復古的な国粋主義は、憲法改正、武器輸出三原則改正、原発再開に賛成の立場を取る私ですら、日本を再び世界の孤児に追い込みかねない危険極まりない主張だと言う事実である。
この主張の支柱である石原慎太郎氏は、米国の著名な国際政治学者から李明博前韓国大統領と共に「国益より自分の人気取りを優先して、実効支配している領土問題を国際化した2012年の最も愚かな政治家」に指名され「知性に欠けた、目立ちたがり屋」と言うかねてからの評判が、国際的にも認知されてしまった。
他人の評価を待つまでもなく、石原氏の粗雑さ加減はベルリンの壁が崩れる数ヶ月前の1989年1月に発行された盛田昭夫氏との共著「『NO』と言える日本」を読むとはっきりする。曰く:
コンピューターの心臓部に使う一メガビットの半導体は日本でしか作れない。然も、現在ではアメリカは日本から5年以上も遅れて仕舞っているが、その差はどんどん離れており、コンピューターが、軍事力を含めた国家パワーの中枢部に位置するのが現在の世界状況ですから、アメリカは焦燥感に駆り立てられている。要するに日本の半導体を使わなくては精度の保証が出来なくなってきており、彼らがどんなに軍拡を続けた処で日本が、チップを売るのを中止する、と言えばどうにも出来ないところまで来ている。仮に日本が、半導体をソ連に売ってアメリカに売らないと言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと様相を変えてしまう。
半導体産業の発足以来、一貫してトップを占めて来た米国が「1980年代」に一時的に日本に首位の座を奪われたが、石原氏の自慢話の3年後の1992年には、MPU(超小型演算処理装置)やASIC(特定用途向けIC)へと製品戦略を転換したインテルが、再び首位を奪還し、その後、今日迄その地位を維持し続けている。
インテルに代表される米国は、強力な先端技術開発力、市場創造力と支配力を持ち、日本にはないスピーディな構造改革を行う強みを強みを持ち続けている。
米国の戦略の転換の速さとレベルの高さは驚くべきもので、半導体産業においても、戦略性を必要とする特定用途向けのグローバルスタンダードなシステムLSIでは日本の存在感は全くない。
この変化を寸前まで予測できなかった石原氏だが「日本が、半導体をソ連に売ってアメリカに売らないと言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと様相を変えてしまう。日本は、世界に恐るべき物はなく、この強さを活用して堂々と『NO』を主張せよ」と言ってのけるノー天気ぶりは抜群で、このような人の国防政策に従ったとしたら、「次世代」の日本人の未来はない。
それにも拘らず、真珠湾攻撃参謀の源田実元大佐を尊敬すると言う石原氏は「石原さん、結局日本は大丈夫です、日本は守れますよ、と。私が問い返すとあらゆるものをブラッシュアップし、リファインする日本人の技術能力こそが国を守る礎だと指摘されたわけです。その通りだと思います。」などと模倣改善技術が独創的な技術処理に勝ると主張する言葉をまことしやかに引用するあたりにも、知性のなさが表れている。
目立ちたがり屋と言う評判は、「中曽根元総理は、ロン・ヤスなどと言っていかにも日米関係を上手に維持させてきたかの印象を与えていますけれど、実際は、レーガン大統領のイエスマンでしかなかった。レーガンに中曽根元総理を紹介したのはこの私です」とか「三菱重工と言う会社はいろいろな技術を駆使している代表的なメーカーであり、この三菱重工の技師長が私と同じ年の人で、この人が自衛隊がアメリカから買い入れたミサイルを改造して世界一進んでいる地対空ミサイルを作ってしまった。この優秀な人が次期戦闘機を純国産で考えて、設計プランを発表したらアメリカが腰を抜かしてしまった。」と書いたことだけでも間違いない。
石原氏の「日本はアメリカの恫喝に屈するな」「『ノー』と言うべきときに『ノー』と言わない外交は、絶対日本のためにならない」と言う主張はその通りだが、石原氏が指摘するその根拠は噴飯物である。
この本で一貫して反米主義を展開した石原氏は、一方で、「日本はアジアと共に生きよ」と書きながら、反中、嫌韓で凝り固まってもいる。
これでは、世界は日本を中心に動いていると錯覚しているとしか思えない。
「Ten Minutes先しか見ないアメリカは衰退する」と豪語した共著者の盛田昭夫氏の不遜さも、この著書の発刊直後に起ったバブルの破裂やソニーの没落を見れは明らかで、石原氏が日本を率いていたら、ソニーと同じ運命を辿ったかと思うと石原氏とその徒党には、絶対に日本の未来を任せてはならない。
石原氏の乱暴粗雑振りは、12月10日から施行された特定秘密保護法の審議で「この法案を踏まえて、イスラエルの、私は非常に評価していますけど、小さくとも極めて優秀なモサドのような国家組織をつくるべきじゃないかと思います」と安倍首相に迫った事にも表れている。
「モサド」と呼ばれるイスラエル諜報特務庁は、偽造パスポート使用、多数の暗殺行為など、目的の為には手段を選ばない凶悪集団として世界に糾弾されている組織で、日本にそのような組織が誕生したら、日本国民の平穏と幸福が犯される事は火を見るより明らかである。
何処の国でも「愛国心」と他国を排除する「国粋主義」を混同する傾向がある事は否定出来ないが、極右政党として欧州各国から仲間外れにされてきたフランス国民戦線は、父親の後を継いで第二代党首に就任したマリーヌ・ル・ペンが「人種差別的な発言をした党員は除名する」と言う方針を打ち出して以来、極右から保守への印象変えに成功して、大きくその勢力を伸ばした。
一方「次世代の党」には、平沼氏のように敬意に価する立派な政治家も少数ながら存在するが、弁護士でありながら刑事犯罪に手を染めて有罪判決を受け、弁護士資格を奪われた西村真悟氏、民主主義の基本である「文民優位主義」を否定して平然としている田母神俊雄氏など、危険思想の持ち主で溢れている。
次世代の党の綱領・政策骨子の幾つかの点で共感を覚えたとしても、これらの国粋主義者の存在を考えると、「次世代の党」が日本の将来を汚す事は間違いない。
格好良く「老兵は死なず、ただ消え行くのみ」と宣言した石原氏だが、その後ののらくらした往生際の悪さを見ると、石原氏の言う「老兵は死なず、ただ消え行くのみ」とは、米国議会でマッカーサー元帥が行なった引退演説の意味とは全く異なり、
“Old soldiers never die, Never die, never die, Old soldiers never die — They simply fade away. Old soldiers never die, Never die, never die, Old soldiers never die — Young ones wish they would.”(老兵は死なず、ただ消え行くのみ。そうであったら若き兵士の望みに適う)と言う原詩を意味するのかも知れない。
幸いな事に、最新の選挙予想では「次世代の党」の議席は激減すると言う。この予想が的中すれば、日本国民の良識は棄てたものではない。
2014年12月10日
北村 隆司