安倍首相はなぜ増税を先送りしたのか - 『モラルの起源』

池田 信夫
クリストファー ボーム
白揚社
★★★★☆



総選挙は、景気の悪くなる前に解散した安倍首相の作戦勝ちだった。彼が極右だというのは誤解で、少なくとも経済政策に関しては、麻生首相を上回る「大きな政府」派である。米民主党左派のクルーグマンの助言を聞いたことでも、それは明らかだ。

安倍氏が経済学を理解しているかどうかは疑問だが、増税先送りで内閣支持率の低下を防げると考えたことは間違いない。この判断は合理的である。本書も指摘するように、将来世代の負担にただ乗りして短期的な利益を得ることは、個体保存のための本能だからである。

しかし日常的に飢えに直面していた旧石器時代の人類にとっては、こういうフリーライダーは最大の脅威だった。他人の労働にただ乗りして働かない個体ばかりになると集団は自滅するので、飢えても仲間は殺さないとか、獲物は必ず仲間に分配するといった感情的な歯止めが必要だ。

それが平等主義的な道徳感情として遺伝子に埋め込まれた、というのが本書の主張である。これはWilsonなどの主張する集団淘汰の理論であり、本書はそれを支持する人類学的な証拠をたくさん挙げている。

こうした道徳感情を維持する上で重要なのは、だという。たとえば収穫した獲物を隠したことが仲間に発見されると、彼は村中から憎まれ、村八分にされる。キリスト教のの観念は、これを神に対する恥として抽象化したもので、ユダヤ教以外の文化圏にはほとんど見られない。

ただ乗りを防ぐしくみは、人々の感情に埋め込まれている。それが恥や憎悪であり、宗教である。左翼を支える平等主義的な感情もその一つだが、日本では右派の安倍氏までフリーライダーになってしまった。あとは彼に「恥を知れ」というしかない。