21世紀と中世の「世紀の衝突」 --- 長谷川 良

アゴラ

サウジアラビアのイスラム法学者 Scheich Bandar Al Khaibari師が信者の質問に答え、「地球は自転していない」と述べ、水の入ったカップを手にして「地球静止説」を説明しだした。曰く、「 Sharjah 国際空港から飛行機で中国に飛ぶとする。地球が自転しているなら、飛行機は空中で静止していれば中国が飛行機に向かってくるだろう。もし地球が逆回転しているとすれば、飛行機は永遠に中国に到着できない」と説明し、地球静止論を説いたのだ。


同法学者がイスラム寺院で語っている動画はアラブ語系ネット上で放映され、大ヒット中という。あるネット・ユーザはアメリカ航空宇宙局(NASA)に、「このイスラム法学者のために宇宙に関する補習授業をやって下さい」と要請したという。

当方はイスラム法学者をからかうつもりはない。なぜならば、地球自動説を否定し、静止論を主張しているのはイスラム法学者だけではないからだ、キリスト教神学者の中にも過去、そして今も、少なからずいるからだ。独週刊誌シュピーゲル2010年10月2日電子版によると、「天文学者ガリレオ・ガリレイは間違っていた。教会はやはり正しかった」と主張する国際会議が同年11月、米国で開催されたことがある。「地球静止」説を主張する神学者、ニューヨーク州バッファロー出身のロバートサンゲニス氏は、「地球は太陽の周囲を自転していない」と述べ、ビックバン論を否定し、「地球は宇宙の中心」と見ているのだ。

もちろん、同氏を中心とした地球中心論者は現在のキリスト教会では少数派に過ぎない。先のイスラム法学者も同様だろう。例えば、世界に12億人の信者を誇るローマ・カトリック教会では、地球の自動説を主張し、天動説を否定したガリレオ・ガリレイは久しく異端者の烙印を押されてきた。彼の名誉回復は1992年、故法王ヨハネ・パウロ2世が宣言するまで待たなければならなかったのだ。

ちなみに、バチカンは国連が2009年を「天文学の年」にすることを受け、天文学者・ガリレオ・ガリレイの彫像を法王庭園に建立する計画だったが、同計画はなぜか実現されず、バチカンでガリレオ名誉回復記念礼拝が行われただけで幕を閉じてしまったのだ。すなわち、バチカン内でもガリレオの名誉回復を快く思わない聖職者、天文学者がいることを示唆している、というわけだ。

カトリック教会では1633年のガリレオ異端決議から1992年のガリレオの名誉回復まで359年の年月がかかった。だから、全てのイスラム教法学者が地球自転説を受け入れるまでにはやはり一定の年月がかかるだろうと考えて間違いないだろう。繰り返すが、イスラム教法学者を笑い飛ばすことはできないのだ。

参考までに付け加えると、米国人にとって名誉な話ではないが、米国科学振興協会(AAAS)が昨年2月、年次総会で公表した調査結果によると、米国人のおよそ4人に1人は地球が太陽の周りを公転していることを知らないというのだ。

さて、21世紀の宇宙物理学者たちは、宇宙がビックバン後、急膨張し、今も拡大し続けているというインフレーション理論を提唱している。宇宙誕生当時に放出されたさまざまなマイクロ波が現在、地球に届いているかもしれないというのだ。地球自動説を否定する宇宙物理学者はさすがにいない。

ちなみに、地球静止論を主張するイスラム法学者の動画を見ていると、世界の到る所で現在見られるキリスト教社会とイスラム社会の衝突は決して「文明の衝突」ではなく、ガリレオらが生きていた「中世」と21世紀の「世紀の衝突」ではないか、と考え直した。人質の首をはね、人質を生きたまま火刑に処するイスラム教スンニ派過激テロ組織「イスラム国」の蛮行に、21世紀に生きるわれわれは大きな衝撃を受けてきた。テロリストたちはガリレオが生きていた中世からタイム・トラベルで21世紀のわれわれの時代に闖入してきた人間たちだ、と考えれば、少しは納得できるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。