老後破産を防ぐ必要はない

井上 晃宏

NHK「老後破産の現実」という報道番組が昨年放送され、それに触発される形で、またもや、「老後にはこれだけ資産が必要だ、貯めなければならない。ついてはウチの金融商品を」というようなお決まりの報道が続いている。


老後破産記事の中で、まとまった文章の形で見やすいのは以下だ。

賢者の知恵 老後破産
第1部
第2部
第3部

第1部は、本来払う必要のない金を払っていたりする特殊ケースばかりで参考にならない。第2部はプライドがあって福祉を受けたくないというくだらない話。第3部は地味に暮らしていても金がなくなるシミュレーションであり、ここだけ読む価値がある。確かに、貯蓄+年金のみでは、死亡するまでの生活を支えることは難しい。ここには「支出を抑える」「引退後も働く」という対策が示されているが、根本的な問題が無視されているので、書いてみたい。

結論から言えば、老後に破産してもかまわないのだ。

家計破綻 → 財産処分 → 生活保護

というルートをたどると、たしかに生活が激変することがあり、特に若い世代では人生が変わってしまう。こどもの大学進学はできなくなるし(世帯分離すれば可能)、信用情報に傷がついて、その後は借金をしづらくなる。生活保護世帯が持てる資産には限度があり、特に、ローンつきの住宅は処分せざるをえない。

しかし、高齢者については、ほとんど問題がない。生活が変わらないのである。

有病者や要介護老人の場合、生活保護者と有資産者とが、同じ病院、施設に入っているのだが、待遇にはほとんど差がない。あれが生活保護者だと言われなければ、見分けがつかないはずだ。在宅であっても同様である。金がなくてミジメな老後を送るということはありえない。

「老後破産」関係でよく言われる「今後は財政が窮迫するから福祉にも頼れなくなる」という論点も、福祉の優先順位が、年金 << 生活保護であることを考慮すると、やっぱり問題がない。年金支給額が大幅減額されることはありえるが、生活保護が大幅減額されることはない。生命の維持にかかわるからだ。年間支給額は、生活保護が5兆円、公的年金が50兆円なので、どちらが先に削られるかは明らかだ。

健康で体が動く限りは、生活保護水準を超える消費支出の恩恵があるので、金はあった方がいいが、そういう人は働き続ければいい。現役時代と同額の所得を得る必要はなく、貯蓄の減少速度を減らす程度に所得があればいい。健康でありさえすれば、何らかの仕事は可能だろう。極端な話、自動車が運転できて、日本語能力があり、四肢が動きさえすれば、仕事がある。

気をつけるべきは、こういう情報で不安を煽られ、不要な商品を買わされることだ。

民間医療保険、民間介護保険、毎月分配型投資信託など、違法ではないが、高齢者の資産を搾取するだけのくだらない金融商品はたくさんある。中途半端な分散投資もコストがかかり、資産の使い勝手を悪くするだけだ。そもそも、財政破綻したら、余裕資産は真っ先に没収されるだろう。

「住むところがあれば安心だ」と思い込んで、高額の住宅を買うなど論外である。換金しづらい居住用不動産を持っていたら、医療介護が必要になった時に、とっさに金を出せなくなるし、福祉も受けにくくなる。そもそも、引退後に自宅に住める時間なんて、大して長くない。要介護状態になったら、施設に入らざるをえないのだ。

老後の生活を向上させるもっとも重要な備えは、投資ではなく、健康を維持することである。

健康であればこそ、金を稼げるし、その金で生活を楽しめる。高価な器具や食品はいらない。認知症予防法はない。適正体重の維持と運動と禁酒禁煙をお薦めしたい。金がかかるどころか、生活費の節約になるだろう。