テロリストに狙われる国連記者 --- 長谷川 良

アゴラ

イスラム教過激派テロ組織から脅迫状を受け取った友人の国連記者の近況を紹介する。ここではX氏と呼ぶ。アラブのイラク出身だ。



▲4月の日差しを受け、昼休みを楽しむ国連職員たち(2015年4月14日、ウィーンの国連内で撮影)

1年ほど前だ。X氏が「君、脅迫状が届いたよ」というではないか。何事が起きたかと聞くと、イスラム過激派グループから「お前を殺す」という脅迫が届いたというのだ。彼はイスラム教徒だが、かなりリベラルな信者だ。女性の権利を擁護し、欧州居住のイスラム教徒には欧州社会への統合を呼びかけてきた。欧州でテロ事件が発生する度にBBCやさまざまなTV番組に出演し、イスラム教過激派テロ組織を厳しく批判してきた。オーストリアの高級紙「プレッセ」でも、イスラム教過激派に警鐘を鳴らす記事を掲載してきた。要するに、X氏はイスラム教過激派テロ組織にとって嫌な存在だ、というわけだ。

当方が国連で会う度に、「気をつけたほうがいいよ」というと、X氏は「人間は一度は死ぬから恐れることはない」と述べ、「Salem Aleikum」といって笑っていた。彼は当時、まだ余裕があった。

X氏によると、昨年中旬の段階で6件の脅迫が届いた。X氏は脅迫の数を勲章の数のように自慢しながら話した。そんなX氏だったが、脅迫状の数が12件となった昨年末頃になると、同氏の声にも深刻さが出てきた。「脅迫状も2桁になった。俺はいつ死んでも可笑しくないな」というが、内心は穏やかではなかったはずだ。

X氏にショックだったのは今年1月パリで発生した風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社襲撃テロ事件だ。同じジャーナリストがテロリストによって無残にも殺害されたというニュースは、テロリストから生命を狙われているX氏にとって、決して他人事ではないからだ。「明日はわが身」といった緊迫感が迫ってきたのだ。

その直後だ。オーストリア内務省はアンチ・テロ部隊(コブラ)から2人をX氏の身辺警備に派遣した。ウィーンでパリのようなテロ事件が発生し、ジャーナリストが殺害されたら大変だ、というオーストリア内務省側の判断があったからだ。

X氏は、「君、2人のコブラ隊員が24時間、俺を警備しているから大丈夫だよ」と豪語していたが、次第に「君、どこに行くにも2人が警備している。インタビューの予定も2人に報告し、安全を確認してからしかできないし、勝手に外出はできない」と言い出した。社交的な性格のX氏には24時間身辺警備下でしか動けないことに苛立ちと疲れが出てきたのだ。

X氏に更に辛いことがあった。35年以上、国連記者としてウィーン国連内で活躍してきたX氏だが、2015年の国連記者としての許可書が国連情報サービス(UNIS)から下りないのだ。UNISはX氏に国連内で動き回ってほしくないのだ。

当方はUNISに問い合わせたが、「X氏の申請書が不十分だったから許可が出ないだけだ」という。国連関係者によると、「国連側の本音はテロリストから脅迫されているX氏が国連にきて、取材活動をすれば、国連内の安全が脅かされるからだ」という。要するに、「報道の自由」より、国連の安全を優先した処置、というわけだ。

ちなみに、ウィーン国連でガードマンを連れて行動する外交官はイスラエルとエジプトの2国大使だけだ。ジャーナリストがアンチ・テロ部隊のガード付きで取材活動をするといったケースはこれまでなかった。

X氏はアパートで奥さんと小犬一匹と住み、買い物も自由にできない。日頃は陽気で強気の彼にも疲れが見え出した。X氏からはもはや「何件の脅迫状が届いたよ」といった類の話は飛び出してこなくなった。テロリストの脅迫はX氏を着実に苦しめているわけだ。

当方は国連記者室で陽気なX氏と会えなくなって淋しくなった。それにしても、いつまで彼はテロリストの脅迫下で生活しなければならないのだろうか。一人のジャーナリストの人生を妨げるテロリストの脅迫に強い憤りを感じる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。