渋谷区長選の超絶ジャイアントキリング

新田 哲史

どうも新田です。念のために申し上げますが、私はただの女好きです。ところで渋谷区長選ですが、ガチンコ無所属、前区議会議員の長谷部健さんが、自公推薦の前都議会自民党幹事長の村上英子さん、民主など4党推薦、共産党ステルス支援の矢部一さんを破り、奇跡的な初当選を遂げました。いやはや、連立与党鉄板の候補、オール野党の野合候補をそれぞれ打ち負かす劇的勝利。昨年4月の西宮市長選を上回る、“ダブル・ジャイアントキリング”の離れ技としか言いようがありません。


■続々と覆された地方選の常識
西宮市長選の軍師だった選挙プランナーの松田馨さんも「これまでの経験を覆す事例」と瞠目したように、今回の選挙戦は異例ずくめ。

先日書いた通り、過去の選挙で自公に担がれた首長が突然、無所属の若手議員を指名したかと思えば、野党は野党で民主党が最終鬼畜兵器「共産ドーピング」のシャブを打ち、クソ低投票率で組織力のある政党が優位と言うのが定番だった都市部の地方首長選において、あり得ないことが続発したわけです。

それで今回、私は、長谷部さんを心情的に応援していたとはいえ、立場は選対ではなく、米西戦争時の秋山真之ばりの「観戦武官」として第3国のドンパチをヲチしていたわけですが、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とは野村克也さんの名言。仕掛けるべきして当たった部分もあれば、幸運に恵まれた部分もあることを踏まえてしっかり次に生かしていきたいと思うわけですよ。

■“LGBT条例”のアジェンダ設定が奏功
まずは最大の勝因がアジェンダ設定を仕掛けたこと。昨年の冬の衆院選では、自民党一強状態でそうしたトレンドが無くなりかけたと思っていましたが、小泉さんの郵政民営化、橋下さんの大阪都構想のように、全く新しい、有権者やマスコミが思いもよらぬ角度から、それでいて時流を捉えたアジェンダを提案して仕掛けた方は、やはり強かった。

今回でいえば全国初の同性愛パートナーシップ条例を争点化したことで、左翼野合の矢部陣営は思想に大差ないので埋没。一方の村上陣営は本音では反対でも条例がすでに施行済みで廃止も容易ではなく世間の目もあるので正面切っては非難できず、こと空中戦に関しては完全に長谷部陣営が主導権を取る形になりました。

■西宮市長選との共通点・相違点
じゃあ、よその首長選挙で同じように若手の無所属候補が争点設定をすれば勝てるかというと、空中戦だけで勝てる程、地方選は甘くない。渋谷は40%、西宮は30%台で低迷し続けているわけで政党や硬い支持基盤のある候補者が本来は最強キャラ。そんな試練を乗り越えた長谷部新区長と今村岳司・西宮市長の共通点は市議会議員として抜群の実績があったことです。

※“ジャイアントキリング”の先駆けとなった西宮市長選(中央が今村現市長)

すなわち長谷部さんは3期いずれも、今村さんは4期のうち3回がそれぞれトップ当選を果たしている。国政政党とは距離を置き、ともに政策提案型として「やりたいこと」「ビジョン」がはっきりしていて有権者に評価されていました。もちろん、日頃から地道に有権者との対話、街頭活動などなど「地上戦」もしっかりこなす積み重ねがあるわけです。

渋谷と西宮の相違点を敢えてあげれば選挙構図と準備期間。今村さんは自公民相乗りの現職への挑戦で、市長選までに1年かけて地域を回りまくる等、準備を周到に重ねていました。一方、長谷部さんは与党系、野党系の新人と争う3つどもえの争いで、出馬を決意してから2カ月での短期決戦。ただ、やはりこのあたりは重箱の隅でしょうかねー。無所属で10年以上、地域に根を張り、行政や社会にインパクトを与える政策ビジョン、リーダーシップを発揮していた共通性が、そうした細かい相違点を乗り越えたと思います。

※この日で退任した桑原区長の「委ねる力」は完成

■村上陣営はビジョンが不明、矢部陣営はブランディング失敗
そういう意味では、村上さんは気の毒でした。苦戦が伝えられてきた中盤から、「渋谷初の女性区長に!」で一押しに来たそうですが、裏を返せば、それくらいしか売りが無いことを自白したようなもので有権者に見透かされてしまったんですよ。「輝く女性の政策は外で働く女性を応援するばかりではない」といった保守的価値観に裏打ちされた独自の政策観はありましたが、大ボスの安倍さんが「地方創生」を掲げて地域の自立的発展を促しているご時世に、しかも恵まれた大東京のど真ん中の渋谷で「補助金を引っ張ってきます」的な打ち出し方では、有権者に「このおばさんは、区長になって何をやりたいんだろうか」というパーセプションしか持たせられなかった。

さらに選挙戦終盤にかけ、矢部陣営の急浮上もあって、自民支持層の何割かが離反して長谷部さんに流れたらしく、「“共産主義者”が区政を牛耳るよりはマシ」という現実的な判断に加え、長谷部さんが予想以上に健闘している情勢にバンドワゴン効果が働いたことも長谷部陣営の隠れた勝因です。

矢部陣営に関しては、先日の記事でもお伝えしたことが全て。もしも村上さんとの一騎打ちなら、共産躍進のトレンドを追い風に、投票に行かない無党派の一般有権者にシカトぶっこいてもドーピング戦術で勝てたんでしょうが、「左翼レッテル貼りに必死だな」的なdisりでワタシメに反撃してきた連中のようにウソはついてはダメですわ。そもそも共産党がステルスやってる時点で、民主や維新の支持層に違和感、共産支持層にわかりづらさが出てしまうわけで、有権者パーセプション的にはダメなわけです。

■新区長はどうプロデュースする?
さてさて、記者会見では「これからがスタート」と、気を引き締めた長谷部さん。印象的だったのが、「長谷部区政と言われたくない。渋谷区政でいい」と語ったところでした。「街にいろんなスターが出るように、僕はプロデューサーとして、この街が盛り上がるように頑張りたいと思います」。まさにここが真骨頂ではないでしょうか。

区政運営は、無所属会派の少数与党でのスタートになりますが、もともと、区政の仕
掛人としての実績は他党にも一目置かれていますし、桑原区長のようなシニアに「委ねる力」を発動させたコミュニケーション能力がありますので、良識的な大人の区議さんたちと建設的な政策論議を発揮して、「変わる」を「かたち」にしていくんじゃないでしょうか。

渋谷が変われば東京が変わる。東京が変われば日本は変わる――。期待しています。ではでは。

新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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