「戦後レジーム」に執着する安倍首相 『戦後経済史』

野口 悠紀雄
東洋経済新報社
★★★★☆



本書の内容は、『戦後日本経済史』とほぼ同じである。著者の主張はオーソドックスで、ぶれない。そしてマスコミには受けないが、結局は正しかった。80年代のバブルのときもそうだったし、アベノミクスについても彼の予言した通りになりつつある。

おもしろいのは「戦後レジーム」を否定する安倍首相が、経済政策については祖父のつくった戦後レジームを忠実に守っているという指摘だ。戦後の高度成長を支えたのは、国家総動員法でできた国家社会主義だった。GHQが日本を解体して民主化したというのは虚構で、実際には官僚機構がマッカーサーの権威を利用して戦時体制を衣替えしただけだ。

それが成功したのも、それほど不思議な現象ではない。日本は戦前すでにGDPが世界第6位の経済大国であり、戦争で半減したGDPが10年で元に戻り、労働人口が2倍になったことが高度成長の最大の原因だ。重化学工業化の局面では、官僚機構による開発独裁が機能する。目的が明確で、巨額の資金を戦略産業に集中することだけが問題だからだ。1950年代までのソ連と同じである。

しかし1人あたり成長率は70年代に屈折し、キャッチアップは終わった。それ以降の日本は、アメリカの8割ぐらいのGDPで定常状態に入ったのだが、人々は70年代までの成長率を延長して、日本経済が無限に成長すると錯覚した。野村証券は1988年に「日本の株式市場には重力の法則は働かない」という2ページの意見広告を世界の新聞に出した。

もちろん日本経済にも、ニュートンはやってきた。実際には、奇蹟なんか起きていなかったのだ。80年代に日経平均株価は5.5倍になったが、1人あたり成長率は年率3%だった。90年代に株価は暴落し、成長率と見合った水準で下げ止まった。

このとき日本経済に起こっていた本質的な変化は資産バブルの崩壊ではなく、1940年代に始まった総動員体制が終わったことだ。特に大きいのは、戦後レジームの実質的な主権者だった大蔵省の権威が、不良債権処理の失敗で失墜したことだった。自民党のポピュリズムを抑制していた大蔵官僚の力が弱まったため、際限ない財政赤字の膨張が始まった。

一部のエコノミストは低成長の結果であるデフレを低成長の原因と錯覚し、日銀は量的緩和を行なったが、それは2000年代にアメリカの住宅バブルに資金を供給し、2010年代にはドル高・株高を引き起こした。日経平均(大企業の収益を示す指標)は上がったが、成長率はゼロだ。円安で消費者から輸出企業に所得が移転されただけだからだ。

安倍首相は、いまだに財政・金融政策で国家が経済をコントロールして高度成長を再現できるという戦後レジームに執着しているが、その裏では超高齢化による財政危機が進行している。戦争で日本経済が破壊されたときも、1945年まで財政は崩壊しなかった。日銀が(今のように)財政ファイナンスをしていたからだ。しかしこのようなネズミ講を無限に続けることはできない。

そして開発独裁を指導した大蔵省もなくなり、日本経済には主権者がいなくなった。これが停滞の根本的な原因である。これを克服するには、経済的戦後レジームが終わったことを理解する必要があるが、安倍政権も官僚機構もまだその出発点にさえ立っていない。