COP21に向けて-日本の貢献の道を考える

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有馬純
東京大学公共政策大学院教授

COP21の見通し

本年12月の第21回気候変動枠組条約締約国会合(COP21)では、京都議定書の次の国際的な気候変動対策の枠組が合意されるとの期待が高まっている。

COP21に向けての交渉の論点は多岐にわたるが、大きな枠組みとしては、カンクン合意(2012年、外務省による「概要」)の流れを汲み、各国が温室効果ガスの削減・抑制に向けた努力を「約束草案(INDC)」として持ち寄り、その進捗状況を相互に検証するというボトムアップのプレッジ&レビュー(誓約と審査)型のものになることは間違いない。

1997年の京都議定書が先進国のみに義務を課するトップダウンの枠組みであり、長らく温暖化交渉を呪縛してきたことを考えると「時間はかかったが、よくぞここまで」との感慨を覚える。またCOP16において京都議定書第二約束期間参加に「ノー」を突きつけた身としては、温暖化交渉の流れを変えるのにいささかでも貢献ができたのではないかとも感じる。

もとより、COP21の見通しは予断を許さない。最大の論点の一つは枠組条約上の「共通だが差異のある責任」の扱いだ。先進国は、「枠組条約制定後20年超を経て、中国が最大の排出国になる等、客観情勢も大きく変わっている。共通だが差異のある責任の意味するところもダイナミックに解釈すべきだ」としつつ、「約束草案の中身は各国が自主的に定めるものであるから、差異化はおのずから行われる」という「自己差異化」論を展開している。

しかし、中国、インド等の有志途上国グループは「約束草案の内容のみならず、手続きにおいて先進国と途上国の差異化を制度的に明示すべきである」と強く主張しており、議論は鋭く対立したままだ。

また合意の法的形式や法的拘束力も難しい論点だ。ダーバンプラットフォームでは交渉成果を「議定書、その他の法的文書もしくは法的効力を有する合意成果を作る」としているが、次期枠組みにどのような法的拘束力を持たせるかとの点については特定していない。

次期枠組みを京都議定書のような厳格なものとすることを志向するEUや島嶼国は約束草案に盛り込まれる目標達成を法的義務とすべきと主張している。これに対し、米国や日本は約束草案の目標に法的拘束力を持たせるのではなく、定量可能な約束草案の提出、対策の実施、事後レビューといったプロセスの義務付けを主張している。

米国にとって約束草案の目標自体が法的拘束力を持つと上院での批准が必要となるが、現在の議会情勢を批准の可能性はゼロだ。他方、有志途上国グループは先進国に対して緩和目標のみならず、資金援助や技術援助も義務付け、途上国の緩和については自主的という昔ながらの二分法を主張しており、溝はまだまだ深い。

更に途上国への資金援助問題も撹乱要因だ。カンクン合意で先進国がプレッジした「2020年までに1000億ドル」という官民の資金援助額目標には未だ遠く及ばない。ましてや2020年以降の資金援助に関し、金額はもちろん、資金拠出主体を先進国以外に広げるかどうかも固まっていない。途上国が温暖化交渉に参加している大きな動機は先進国からの支援獲得であり、この分野で折り合いがつかなければCOP21が決裂するリスクも否定できない。

とはいえ、筆者自身は、COP21の結果について「慎重に楽観的(cautiously optimistic)」である。世界の二大排出国、中国と米国がそれぞれ温暖化目標を発表しているのはポジティブな動きであるし、COP15コペンハーゲン会議(2009年)で期待値を引き上げるだけ引き上げて失敗したデンマークと異なり、議長国フランスは非常に注意深く期待値をコントロールしている。老獪な外交テクニックに長けたフランスが各国のレッドラインを見極め、最大公約数的な合意を導き出すことを期待したい。

温暖化交渉の本質を見失うな

交渉に臨むに当たって「便益はグローバル、コストはローカルであり、必然的にフリーライダーを生む」という温暖化問題の本質を忘れてはならない。温暖化対策にはコストがかかるのは厳然たる事実だ。各国は一見、積極的な姿勢を演出しつつ、自国の負担をできるだけ軽減するよう、したたかに国益を計算して交渉に臨んでいる。鳩山元首相の25%削減目標に代表されるような「率先垂範して高い目標をかかげ、国際貢献をする」という我が国でよく聞かれる議論は、こうした冷徹な現実に照らせばあまりにもナイーブで国益を毀損するものだ。

今回、2030年までに2013年比26%減という目標を設定するに当たり、「欧米の目標値に遜色ない」水準という議論があったが、重要なことは数字の横並びではなく努力の公平性だ。2013年比26%という削減目標は限界削減費用でトン当たり380ドルに達し、努力の度合いにおいてEUや米国の目標を大幅に上回る野心的なものである。

しかし、この目標は、前提となるエネルギーミックスや省エネ等の対策・施策、技術の導入がすべて実現して初めて達成できるものだ。前提が崩れた場合にも「26%削減」に固執すれば、エネルギーコストの上昇を招き国民生活に大きな負担をかけることになる。米中の参加を不可欠のものとすれば、パリで合意される枠組みは法的拘束力を持つものにならない可能性が高い。前提が崩れた場合には目標を修正していくのが論理的帰結であろう。

日本のあるべき貢献とは

削減目標の数字のみで日本の貢献を語るのは京都議定書時代のアナクロニズムであり、もっと広い視点で日本の貢献を考えるべきだ。

現在交渉中のボトムアップのプレッジ&レビューの枠組みが有効に機能するためには、各国が約束した政策を確実に実行し、それが相互に検証・確認されることが必要である。我が国産業界は「環境自主行動計画」や「低炭素社会実行計画」に基づき、経済活動や生産量の見通しをたて、さまざまな対策による効果を織り込んで自主的に目標を策定し、その達成状況について産業団体内部でのピアレビューや政府の組織する専門家会合で評価を行うというPDCAサイクルを確立してきた。この知見を提供し、今後の国際枠組みが実効性あるものになるよう協力していくことは、日本ならではの貢献である。

日本が世界全体の温室効果ガス削減に最も貢献できる分野は何と言ってもその技術力である。2013年11月に安倍首相が提唱した「美しい星への行動(ACE:Action for Cool Earth)」は①革新的技術開発の促進によるイノベーション、②日本が強みとする低炭素技術を国際的に普及するアプリケーション、③脆弱国を支援し、日本と途上国のWin-Win関係を構築するパートナーシップを3つの柱とする。技術を中核とした日本ならではの戦略であり、その強力な推進が望まれる。(政府による「概要」)二国間クレジット(JCM)等を通じて日本の優れた環境技術を海外に移転することの意義は大きい。地球温暖化はグローバルな問題であり、日本国内での削減も海外での削減も温暖化防止効果という点では等価だからだ。

また長期の問題である地球温暖化に対応する上で、既存技術の普及だけでは不十分であり、温室効果ガス排出パスを抜本的に変えるような革新的技術の開発が不可欠だ。日本には重点技術の選定、R&D予算の確保、技術ロードマップの作成、国際共同研究開発等の国際イニシアティブを積極的に提唱していくことを期待したい。「エネルギー環境技術のためのダボス会議」として日本が主導するICEF(Innovation for Cool Earth Forum)は世界の産学官の英知を結集するプラットフォームとして大きな役割を果たし得る。来年、G7議長国となる機会をとらえ、先進各国がエネルギー・環境技術のR&Dに率先して取り組む土台作りをすべきだ。

国連にとらわれるな
 
日本の貢献を考える際、国連交渉の場にとらわれるべきではない。日本が主導している二国間クレジットメカニズムは、国連下のCDMよりも技術の範囲が広く、はるかに迅速かつフレキシブルだ。革新的技術開発もキャパシティを持つ国の数が限られ、国連で議論するにそぐわない。やる気と技術力のある国の有志連合を目指すべきだろう。

より敷衍して言えば、温暖化防止に伴う国際的な取り組みは国連を中核とする「リオ・京都体制」のような単層的なレジームから地域間、二国間、産業間、都市間の多様なイニシアティブを包含した多層的なレジームに移行していくと考えられる。

190ヶ国の利害が複雑に錯綜する国連交渉の世界では、合意形成に非常に時間がかかり、合意内容も最大公約数的なものになるのがせいぜいだ。今交渉されている枠組みが世界政府的な拘束性の高いものに発展する可能性は低いといわざるを得ない。有志国、有志企業等、実質的なプレーヤーの数が限られることを考えれば国連の枠組みの外の方が高い実効性を期待できる。温暖化問題を重視するならば国連絶対視から脱却すべきである。

有馬純(ありま・じゅん)東京大学公共政策大学院教授。東大経卒。82年通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー分野を中心に職歴を重ね、資源エネルギー庁国際課長、大臣官房審議官(地球環境担当・国連気候変動枠組条約首席交渉官)、日本貿易振興機構(JETRO)ロンドン事務所長を経て、15年9月から現職。近著に『地球温暖化交渉の真実-国益をかけた経済戦争』(中央公論新社)