あえて軽減税率を擁護してみる --- 米川 弘幸

アゴラ読者の方々のほとんどは軽減税率に反対の意見を持っていらっしゃることと思う。かく言う私も原則、軽減税率の導入には反対である。しかしながら、ただ一点、保険医療の分野では軽減税率を、そして、現行制度との一貫性を保つ観点から「ゼロ税率」を採用することをあえて提案したい。

※一般になじみのない保険医療と消費税の関係とは?(写真photo AC)

厳密には非課税取引とは言えない保険医療


健康保険法、国民健康保険法などによる医療は非課税取引の中に含まれている。私たちが病院や診療所で医師の診断を受けた際に、現役世代であれば30%の窓口負担をしているが、そこに消費税相当分の内訳は表示されていない。非課税取引であるから消費税額が表示されないのは当然のことと考えるかもしれない。しかし、厚生労働省のHPで、「厚生労働省が定める診療報酬や薬価等には、医療機関等が仕入れ時に負担する消費税が反映されています。」と述べられていることから、患者は厳密なところでは消費税を負担させられていることになる。なぜそうなるのか、具体的な数字を挙げて考察してみよう。

例えばある病院が10,000円の仕入に対して800円の仮払消費税を負担したとしよう。このとき、11,000円の課税売上があったら、その売上に対する借受消費税額は11,000円×8%=880円となる。消費者の支払う880円は最終的なサービスを受けた累計額としての消費者の負担である。一方で病院が仕入の段階で負担している800円分は仕入を行った業者やそれ以前の流通過程に関与した業者に支払ってもらう部分である。病院が消費者に代わって納付する消費税額は880円から800円を控除した80円となる。

しかしこの売上11,000円が「非課税売上」であったらどうなるか。売上11,000円に対する消費税額が計算されないので、病院があたかも最終消費者のような形で800円の消費税を負担することになってしまう。本来であれば、この800円の仮払消費税は、前段の流通過程の業者が「最終的な消費者が支払うべき消費税の一部」を予め国庫に納めているに過ぎない。だから病院が国庫から800円の還付を受けるとしてもそれは益でも損でもない。保険医療が非課税取引であるがゆえに消費税の還付手続の対象に含まれないため、厚生労働省は病院が最終消費者のような形で負担させられることになっている800円の部分を診療報酬に織り込む形で、病院に負担が生じないようにしている。ここではすなわち、診療報酬を11,000円から11,800円にすることになる。

しかし、仮払消費税分の800円が診療報酬に織り込まれているということは、病院が支払った仮払消費税に相当する部分を、消費税の還付という形ではなく、診療報酬でまかなっているということに他ならない。診療報酬のすべてが保険(税)でまかなわれているのなら、消費税の還付であろうが保険を経由した補填であろうが結果は一緒だろう。しかし診療報酬の一部を患者が窓口負担している以上、患者の窓口負担の一部は病院の仮払消費税の補填に充当されていることになる。現役世代なら、11,800円×30%=3,540円となり、内240円は消費税の病院の仮払消費税を補填するために診療報酬に上乗せされた部分である。このようにして、より厳密なところでは、保険医療は患者にとって非課税取引とは言えなくなっている。

「課税の対象としてなじまないもの」と「社会政策的配慮から課税しないもの」を区別すべき


国税庁のHPによると、「消費に負担を求める税としての性格から課税の対象としてなじまないものや社会政策的配慮から課税しないもの」を非課税取引としている。課税の対象としてなじまないものに相当するものは、たとえば商品券、プリペイドカードの譲渡のように、取引を通じて付加価値が発生していないものといえる。一方で社会政策的配慮から課税しないものは、保険医療を筆頭に社会福祉、学校教育など、何らかの付加価値が発生しているが、それに対する税を消費者に課すには忍びない、という性格のものである。このような性格の取引を現行の非課税取引からゼロ税率に変更することにより、保険医療については、患者の自己負担が少なからず含まれてしまう診療報酬の改定によらずとも、消費税の還付という正規の手続きによって事業者の仮払消費税に相当する部分が補填されるようになるのではないだろうか。

複数税率を採用すると事務負担が増えるという意見もあろう。しかし、自由診療を併用する病院や診療所は現在でも課税取引と非課税取引を区分して経理することが求められている。取引区分のラベルを変更するだけであれば、それほど大きな事務負担になるとは考えにくい。

結論として、現状、実質的に患者(消費者)にいくばくかの消費税を負担させることになってしまっている診療報酬制度を適正化するために、非課税取引とされている保険医療をゼロ税率とすることを提案するものである。

米川弘幸 会社員