森信三先生いわく「志とは、これまでぼんやりと眠っていた一人の人間が、急に眼を見ひらいて起ち上がり、自己の道をあるき出すということ」です。森先生の言われるような立志の人であれば、それは大変なことでありましょう。
しかしながら今の世を見てみるに、嘆かわしきはその殆どが覚醒することなく、眠り続けているが如き状況だということです。誰が志を持って真に自分を律し最大限努力し続けて生きて行っているかと言ってみれば、それは本当に極々僅かな人で多くの人は安易な道を選んでいるよう思われます。
例えば朝、執務室に向かうリフトに乗っていると何時も10人の内9人位がだらだらとメールを見続けている姿が目前にあり、そしてまた昼頃、同じリフト乗ってみたらば「よくもまぁそんな大きな声でベラベラと…」と思う位にたわいもないことを喋り続けている人を日々目にします。そのたび私はつくづく思うのは、凡そ此の類の人達に志など有り得ないということで、彼らは眠り続けたまま生を終えるであろうということです。
4年程前、私は「今日の森信三(224)①」で「真の志とは、自分の心の奥底に潜在しつつ、常にそれが念頭に現れて自己を導き、自己を激励するものでなければならぬのです。書物を読んで感心したり、人から話を聞いてその時だけ感激しても、しばらく経つとケロリと忘れ去るようでは、真の志と言うわけにはゆかないのです」とツイートしました。
あるいは、「今日の森信三(229)」では『真の志とは、この二度とない人生をどのように生きたら、真にこの世に生れて来た甲斐があるかということを考えて、心中に常に忘れぬということでしょう。ですから結局最後は、「世のため人のために」という処がなくては、真の意味での志とはいい難いのです』とのツイートもしました。
自由主義と理想主義を一以って貫いた日本の誇るべき知の巨人・河合栄治郎先生は、教養を身に付けるとは「自己により自己の人格を陶冶する」ことだと定義されています。人格が陶冶されてきた時、世の中で生活して行く上で如何なる違いが生じてくるかと言うなれば、それは世のため人のためという志を持とうとしてくるといったことです。
結局人間というのは、自らが自らを創り上げ築いて行く以外に道はなく、自らの意志で自らを鍛え修めて行く「自修の人」なのだろうと思われます。その人を変えることは誰にも出来ないことで、その人自身のみが自らを変えることが出来るのです。
人生には幾つかの大きな転機があって、その転機で人が変わり得る可能性があります。例えば男性の場合は結婚をし、妻子とりわけ自分の血を分けた子供を養って行くという責任が課された時その中で変わろうと決意をする人が、私の経験上では多いように思います。
更にはもう一つ、やはり素晴らしい人との出会いが人を感化し変え行く切っ掛けになるものだとも思います。自分より優れた人間を見た時に持つ「敬」の心から生ずる「恥」の気持ち、そしてそれより繋がる「憤」の気持ち――此の「敬・恥・憤」のメカニズムが働かなければ、人が変わる時は永久に訪れることはないでしょう。
私の場合、勿論父親から影響を受けた部分も結構多いとは思いますが、『論語』を中心とする中国古典あるいは明治時代の二大巨人、安岡正篤先生および上記した森先生といった方々が私の師ではないかと考えています。
何のベースも持たずに自分を磨くのは、言うまでもなく非常に難しいことです。やはり自分の範とすべきものがあって、その人物が如何にしてそうなり得たのかを学び、そして初めて自分もその人物に近付こうという思いに駆られることにもなるわけです。それ故そうした意味でも、師というのは非常に大きなものなのです。
「暁鐘(ぎょうしょう)を撞(つ)く」とは、王陽明の次の七言絶句「睡起偶成の詩」の中の言葉です。
四十餘年睡夢中 四十余年 睡夢の中
而今醒眼始朦朧 而今(じこん)醒眼 始めて朦朧(もうろう)
不知日已過亭午 知らず日すでに停午(ていご)を過ぐるを
起向高樓撞曉鐘 起(た)って高楼に向かい暁鐘を撞く
起向高樓撞曉鐘 起って高楼に向かい暁鐘を撞く
尚多昏睡正茫茫 なお多くは昏睡して正に茫々(ぼうぼう)
縱令日暮醒猶得 たとえ日暮るるも醒めることなお得ん
不信人間耳盡聾 信ぜず人間 耳悉(ことごと)く聾(ろう)するを
此の睡起とは、自ら目覚めて世の中を目覚めさせると私は解釈しています。自らが自らを創り上げる過程あるいは創り上げた結果として、片方では周囲を感化するという役目を担っており、之が「一燈照隅、万燈照国」という考え方にも繋がって行くわけです。自分自身を変えようと思ったらば、自分で気付き睡起して世のため人のために志を立てるのです。
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