横浜マンション問題の本質

岡本 裕明

横浜のマンションの杭問題をきっかけにマンション市場にはさまざまな懸念が生まれているようです。雑誌には完成前の販売であるマンションの「青田買い」は怖いとか、中古物件の方が安心といったトーンまで生まれているようです。不動産を生業としている者から言わせていただくと本来あるべき議論がすり替わってしまい、様々な憶測の話が世の中を不安に陥らせていると申し上げておきます。

まず、初めに私の認識を申し上げておきますと横浜の当該マンションはタイルの目地が2.4センチずれていることが発覚したことから大騒ぎになりました。これが杭が足りなかったという非常にスピーディーな「原因究明」につながり、住民は安心して暮らせないとか、倒壊するのではないかといった不安が生まれました。

正直、その不安を煽った最大の責任者は三井不動産レジデンシャルであります。なぜなら、会社として建て替えをオファーしたことでこの建物はダメ物件のレッテルを貼ってしまったのです。つまり、不動産業を営む者から見れば三井不レジは最悪のシナリオの戦略をとってしまい、世間の不安を煽ったわけです。

では、本当に傾いたのでしょうか?日経アーキテクチャーによると傾いていないし、横浜市も三井不レジもそうは言っていないのです。この2.4センチのズレは建物の長手方向54メートルに対しての2.4センチであり、その傾斜は0.4/1000であります。日本の「住宅の品質確保の促進等に関する法律」で定められた傾きがあると認識される物件は傾き傾斜が3/1000以上(つまりこのマンションの目地の場合16.2センチのずれ)であり、この場合には構造上の瑕疵が考えられ、開発業者にその責任が生じる「可能性」があります。可能性というのはそれが建物の瑕疵によるかどうかは更に調べなくてはいけないのであります。

私もカナダで高層の集合住宅を700戸近く作り、そのクレームも十数年に渡り面倒見てきました。その間、顧客や管理組合からのクレームは多岐にわたり様々な理由をつけて修理を要求されるのですが、非常にグレーな問題が出た場合、二つの方法で判断します。一つは先ほどの日本の法律基準と同様の技術基準書があります。まずはそれに照らし合わせ、該当するか判断し、それでもだめな場合には保証会社で技術的な機関判断をしてもらいます。ごくたまにはそれでも収まらず訴訟になることもあります。私はそれも経験しています。

横浜の物件の場合、本来の意味の傾斜はしていません。ところが杭偽装が見つかったことで傾斜していないのに傾斜したこと(あるいは傾斜すること)になってしまい、旭化成建材が悪玉に上がったのです。ここで話の主眼が傾斜問題から杭問題にすり替わってしまいました。では、杭については誰が悪いのか、でありますが私もゼネコンで20年勤め、ほかに技術の人の話も聞いた限りでは請け負った三井住友建設の不備が大きい感じがします。杭打ちに立ち会わず、杭の設計が短く、それを旭化成建材がやり直すことに抵抗感を持たせたのは三井住友建設です。

しかし、この杭が建物の2.4センチのタイルのズレに繋がったとは断定できません。プロの間でもそれぐらい首をひねる案件のようです。私がデベの社長なら建て直すなどということはあの段階では口が裂けても言いません。まずは完全なる調査とそのベストの対応方法を提示することです。それには建物の安全性が保てるというお墨付きを与え、それでもだめなら建て直す方法もあるというもっと住民が正しい判断が下せる材料を提供して対処すべきでした。あり得るシナリオとしては三井不レジは建て直しても損をしないアイディアがあるのでしょう。

さて、この事件でマンションの青田売買に黄色信号というニュアンスの報道も見受けられます。また、青田売買は工事期間を確定させやすくし、仮に杭が短く作り直すと数週間のロスが出て大変なことになる、というストーリーですが、これは開発業者が顧客に自分で縛りを作ってしまっただけの話です。

マンションの青田売りでは世界有数の歴史があり著名なカナダ バンクーバーでは販売に関する重要事項説明書で予想完成時期に対して6か月の工事遅延(または早期完成)へのフレキシビリティが謳われています。つまりその間ならば青田の購入者は契約上の文句を言えません。嫌ならば購入権を第三者に売却する道も開かれており、実際にはそれで儲ける人もいます。仮に6か月以上工事遅延の場合には正当な理由があれば、顧客に購入契約のキャンセル権が生じますが、私が知る限りどれだけ遅延してもキャンセルが続出した話は聞きません。

6か月は日本のスタンダードに合わないとしても、時間を守る日本人のしっかりした性格が実は見えないところにしわ寄せを生じさせた、とも言えそうです。

こう考えていくとこの横浜のマンション問題は何処にその本質的致命傷があったのか奥深い話になってしまいます。マスコミが異様に騒ぎ立て、技術仕様書的には傾いていないのに傾斜マンションと言ったとすれば証券の世界で言う「風説の流布」で一種の犯罪です。

そういえば昔、沈下する関西国際空港というのがありました。地盤沈下が進み、海の下で支えているジャッキの調整機能がもはや限界になったという事件でした。私の勤めていたゼネコンも埋め立てていたこともあり、気になっていたのですが、騒ぎは収まりました。今風ならば空港を作り替えろと言われていたのでしょうか?

日本人は知恵があります。工夫したり改良したりする能力は世界一なんです。この事件は考えれば考えるほど、時間がたてばたつほど不思議な話だと思っています。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 12月10日付より

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。