ゼロ金利にサヨナラ --- 安田 佐和子


12月15~16日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)ではFF金利誘導目標を予想通り25bp引き上げ、2008年12月に導入したゼロ金利政策に別れを告げました。2006年6月以来の利上げを迎え、声明文などは以下のようにまとめられています。

声明文の主な変更点とポイントは、以下の通り。

【景況判断】
前回:「雇用増加の伸びは鈍化し、失業率は低下した。」

今回:「増加中の雇用、低下している失業率などを含め足元の労働指標は一段の改善を示し、労働資源の活用不足は年初から明確に減退してきた。」
米11月雇用統計までの非農業部門就労者数(NFP)は21.1万人増と労働人口の伸びを吸収する水準(約15万人)を超え、失業率も5.0%と金融危機以前の2008年4月以来の低水準まで改善した。

前回:「インフレは目標値を下回って推移し続けており、エネルギー価格や非エネルギー価格の下落を一部反映している。」

今回:「インフレは目標値の2%を下回って推移し続けており、エネルギー価格や非エネルギー価格の下落を一部反映している。」
※米11月消費者物価指数(CPI)コアが前年比で2%にたどり着いた安心感か、米10月PCEコアが1.3%のところ明確に「2%」の順守を表明。

前回:「マーケット・ベースのインフレはわずかに低下し、経済指標ベースのインフレは安定的だ」

今回:「マーケット・ベースのインフレは低水準を維持し(remain low)、経済指標ベースのインフレは若干低下した(edged down)」※5年先・5年物ブレーク・イーブン・インフレ率は低水準を維持しつつ、米12月ミシガン大学消費者信頼感指数・速報値などインフレ見通しは下振れ気味。

【統治目標の遵守について】
前回:「委員会は適切な緩和策を通じ、経済活動が緩やかに拡大し労働指標も二大目標に沿うと判断する水準へ向かい続けると予想する。」

今回:「委員会は現状、金融政策の緩やかな調整gradual adjustment)により経済活動は緩やかなペースで拡大し続け(continue to expand at a moderate pace)、労働指標は強まり続けると予想する。」
※今回利上げサイクルが過去に比べ緩やかなペースになるとのメッセージを送り、かつ労働市場が利上げの根拠たる立場を示唆。

前回:「委員会は経済活動と労働市場におけるリスクと見通しは概して均衡しているとみなすが、世界経済と金融市場の動向を注視していく。」

今回:「概して、国内と海外動向を踏まえると委員会は経済活動と労働市場への見通しリスクはともに均衡しているとみなす。」
※海外動向が安定しつつある状況を認識し、9月FOMCから悲観姿勢が引き続き後退。

前回:「インフレは短期的に足元の低水準で推移し続けると予想するものの、委員会は労働市場が一段と改善しエネルギー価格と輸入価格の一時的な下落効果が減退するにつれ、インフレが中期的に徐々に目標値2%へ上昇すると見込む。」

今回:「インフレは、エネルギー価格と輸入価格の一時的な下落効果が減退し、労働市場が一段と強まるにつれ、中期的に2%へ上昇すると見込む。」
※インフレが目標値を大きく下回るものの、労働市場が利上げの根拠であり雇用の拡大が賃上げを促しインフレを2%に押し上げるとの考えを示唆か。

【政策金利について】
前回:「最大限の雇用と物価安定への継続した進展を支援するため、委員会は本日、0~0.25%の目標レンジが適正であり続けると再確認した。」

今回:「委員会は今年、労働市場が大いに改善したと判断し、インフレが中期的に2%へ上昇することに相当な確信を持つ。」
※前回の第3段落導入部分を削除。同時にあらためてインフレが目標値を大きく下回るものの、労働市場が利上げの根拠であり雇用の拡大が賃上げを促しインフレを2%に押し上げるとの考えを示唆。

前回なし

今回:「経済見通しを踏まえ、政策が将来の経済の結果に与える影響を認識した上で、FF金利誘導目標を0.25~0.50%へ引き上げることを決定した。金融政策のスタンスは今回の利上げ後も緩和的であり、従って労働市場の一段の改善とインフレ2%への回帰を支援していく。」
※事実上の利上げ宣言、金利正常化に着手するとはいえ緩和的なスタンスを維持すると強調。

前回「次回の会合で利上げを行うことが適切かどうか決定する上で、委員会は最大限の雇用とインフレ2%という目標へ向けて実際値と予想値の動向を精査していく」

今回:「将来、FF金利目標レンジの調整におけるタイミングと規模を決定する上で、委員会は最大限の雇用とインフレ2%という目標と比較した経済動向の実際値と予想値を精査していく」
※利上げ開始に併せ、前回の文言を修正。

前回:「委員会は、労働市場がさらに改善しインフレが中期的に2%へ回復すると相当な確証を得られれば、FF金利引き上げが適切になると予想する。」

今回:「インフレが目標値2%以下で推移しているなか、委員会はインフレが目標値に向かっていくか実際値と予想値を注視していく。委員会は、FF金利をあくまで緩やかな(only gradual)利上げを保証することで経済が発展していくと予想し、FF金利は暫くの間、長期的水準を下回り続ける可能性が高い。しかしながら、FF金利の道筋は経済指標によってもたらされる見通し次第である。」
※インフレが目標値からかけ離れるなか物価を注視するスタンスを打ち出すとともに、「緩やかにしか利上げしない」と強調することでインフレを支えていく構えを表明。同時に経済指標次第であると繰り返し市場にタカ派的な印象を与えないよう配慮。

前回:「委員会は、償還した米機関債と住宅ローン担保証券の元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持する。委員会が長期証券を非常に大きな規模で維持し続けるこの政策は、金融緩和を維持する上で役立つ公算だ。」

今回:「委員会は、償還した米機関債と住宅ローン担保証券の元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持し、FF金利の正常化が十分進んだ状況にたどり着くまで実施すると見込む。委員会が長期証券を非常に大きな規模で維持し続けるこの政策は、金融緩和を維持する上で役立つ公算だ。」
※利上げ後も緩和寄りの政策を継続するとの立場にアクセントを置き、資産売却は現時点で視野に入れていない姿勢を表明。

前回:「委員会が金融緩和の除去(=利上げ)開始を決定する時は、最大限の雇用とインフレ2%という二大目標とに沿ったバランスのとれたアプローチを採る。現時点で、委員会は失業率やインフレが二大目標に近づいた後でも、経済状況によって暫くの間、FF金利の誘導目標を長期的に正常とみなす水準以下で維持することが保証する可能性もある。」

今回:※利上げ開始に合わせ、削除

【票決結果】
票決は1月、3月、4月、6月、7月と5回連続でゼロを経て、9月と10月にリッチモンド連銀のラッカー総裁が利上げを目指し反対票を投じたものの、今回は全会一致だった。2015年の地区連銀FOMC投票メンバーはアトランタ連銀のロックハート総裁、シカゴ連銀のエバンス総裁、リッチモンド連銀のラッカー総裁、サンフランシスコ連銀のウィリアムズ総裁となる。2014年は7月以降、9月、10月、12月と4回連続で反対票が投じられていた。

【超過準備金利、リバース・レポ・ファシリティ】
超過準備預金金利は利上げに合わせ従来の0.25%から0.50%、リバース・レポに付与する金利も0.05%から0.25%へそれぞれ引き上げた。リバース・レポ・ファシリティは翌日物につき3000億ドル、ターム物につき3000億ドルと上限は合わせて6000億ドルだったところ、翌日物の上限撤廃を発表した。

【経済・金利見通し】
成長見通しは、ほぼ変わらず。2016年のみ9月時点の中央値2.3%から2.4%へ上方修正した。インフレ見通しは、2015年につきコアで9月時点の1.3%から1.4%へ下方修正。2016年は逆に従来の1.6%から1.7%へ引き上げられた。ただ原油安やドル高による輸入物価の下落もあってインフレ非加速的失業率(NAIRU)は4.8~5.0%とし、9月時点の4.9~5.2%から引き下げている。失業率は2015年と長期的見通しを除き強い方向へ修正。2016年から2018年まで9月時点の4.8%から4.7%へ引き下げた。


FF金利見通しは、2016年に4回の利上げを見込む参加者が7人と最も多かった。2017年は1.875%と予想レンジのなかで最低が多数派となっている。


注目のFF金利見通しのドット・チャートにて、2015年の中央値は9月と変わらず0.375%だった。2016年も、9月と変わらず1.375%。ただ2017年は9月の2.625%から2.375%、2018年も従来の3.375%から3.25%へ下方修正している。長期的なFF金利見通しは、3.50%で据え置いた。

12月分

10月分

(出所:チャート全て、FRB)

ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、「Fed Interest-Rate Decision and Janet Yellen’s Press Conference—Recap」と題した記事を配信しており、そのなかでFed番のヒルゼンラス記者は「2008年以降、積極的な努力にもかかわらず活発な経済拡大をもたらさなかった」と指摘していた。

バークレイズのマイケル・ゲイピン米エコノミストは、声明文と経済・金利見通しを受けて「労働市場の見通しに確信を持つ半面、最大限の雇用とインフレ2%という二大目標が反対方向へ動いており、利上げが『緩やか』である公算が大きい」と予想した。その上で「FF金利見通しは毎年100bpを指しており、『緩やか』な利上げと整合的」と分析する。

BNPパリバは、「2004~2006年の利上げサイクルは『ゆっくりとした(measured)』利上げだったが、2015年12月に開始した今回は『緩やか(gradual)』な利上げになると表明した」と振り返る。一部の予想に反し経済・金利見通しはさほど変更されず、毎年100bpずつ利上げしていくFF金利見通しについては「障害にぶつかるだろう」と予想。4回以下になる可能性を見込んだ。バランスシートの縮小については「翌日物リバース・レポの上限撤廃により、棚上げした」との見方を寄せた。

イエレンFRB議長は、記者会見で利上げの決定が「景気回復が続くとの自信を表した」と説明した。もっとも、パートタイムを余儀なくされている労働者が高水準にあるほか賃金も持続的な上昇を示しておらず「循環的な脆弱性」が残るとも発言し、緩和寄りのスタンスを印象づけている。

急落中のジャンク債市場に対しては「(換金停止になった)サード・アベニューのファンドは特殊ケースで、非常にリスクが高い流動性に乏しい債券が集まっていた」との見解を示した。その上で金融システムは金融危機以前より耐性があると述べつつ、動向を注視すると語った。エマージング国に対しても同様に「1990年代より強まった」と発言すると同時に、「緊密に見守る」と結んだ。

4.5兆ドルに上るバランスシートの縮小をめぐっては「経済が不測の事態に直面した場合、対応できる状態が望ましい」と述べた。具体的に水準について明言を避けたが、FF金利の引き下げが可能な領域に達するまで待つ構えを打ち出している。景気後退のリスクは「10%程度」と述べつつ、米経済の基調は極めて健全で経済拡大サイクルが長いとはいえリセッションが必ずしも発生するとは限らないと釘を刺した。

――12月FOMCのポイントは、以下の3つと考えられます。

 1.利上げのキーワードは、「ゆっくり(measured)」から「緩やか(gradual)」に
 2.「緩やか」な利上げ幅とは、毎年100bp
 3.リバース・レポの上限を撤廃、バランスシートの縮小は暫くなし

毎年4回の利上げ(25bp×4=100bp)となれば、ウォールストリートの予想より1回多い計算になります。恐らくイエレンFRB議長の記者会見と経済・金利見通しの公表を予定する3月、6月、9月、12月を視野に入れているのでしょう。バランスシート縮小は、棚上げ状態といって過言ではなく。CNBCのFedサーベイでは2016年12月でしたが、仮に金利見通し通りにいっても1.375%です。仮に年3回の利上げにとどまれば、2017年に後ろ倒しされてもおかしくありません。そういった状況を見越し、利上げのキーワードを「緩やか」に掲げていたとしたら、お見事ですね。金融市場は歓迎ムードです。米株は場中に前日終値に振れた後、FOMC後に怒涛の買いが入りダウ平均は224ドル高で引け。ダウ平均は8営業日ぶり、S&P500は6営業日ぶりに年初来リターンをプラスに転換させました。ダウ平均の上昇率トップはゴールドマン・サックス、S&P500はファースト・ソーラーながら2位はハネウェルがランクインしています。

S&P500のセクター動向は、以下の通り。
1. 公益 +2.56% 6. 金融 +1.63%
2. 通信 +2.03% 7. テクノロジー +1.31%
3. 生活必需品 +1.98% 8. ヘルスケア +1.30%
4. 資本財 +1.79% 9. 素材 +1.07%
5. 一般消費財 +1.69% 10. エネルギー -0.51%

(カバー写真:FRB, Ustream)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2015年12月17日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。