【映画評】ブリッジ・オブ・スパイ --- 渡 まち子


▲冷戦期のスパイの世界をスリリングに描いた展開が見もの(ポスターより、アゴラ編集部)

アメリカとソ連が冷戦下だった1950~60年代。保険関連の敏腕弁護士ドノヴァンは、実直な人柄と堅実な仕事ぶりでキャリアを積み重ねてきたベテランの弁護士だ。ある日、彼は、米国が身柄を拘束したソ連のスパイ、アベルの国選弁護人をほぼ強引に委ねられる。周囲の冷ややかな視線にさらされながらも、どんな人間も正当な裁判を受ける権利があると信じるドノヴァンの弁護により、アベルは死刑を免れる。数年後、ドノヴァンは、CIAから、ソ連に捕えられたアメリカ人スパイとアベルの交換を成し遂げる大役を任されることに。それは米ソの全面核戦争を阻止するという、世界平和を左右する重大な任務だった…。

東西冷戦下の1960年に実際に起きた、ソ連による米国偵察機撃墜事件“U-2撃墜事件”の舞台裏を描くヒューマン・ドラマ「ブリッジ・オブ・スパイ」。監督スピルバーグ、主演トム・ハンクス、実話の映画化とくれば、オスカー狙いがミエミエの感動作、社会派ドラマかと思うだろう。

たしかにそういう側面はあるが、本作は、思った以上にサスペンス色が濃いエンタメ作品だ。同時にとぼけたユーモアやアイロニーまであって、これまでのスピルバーグ作品とはちょっと印象が異なる。それは間違いなく、脚本を担当したコーエン兄弟のカラーが反映されているからだろう。実直な弁護士ドノヴァンは、たとえ米国中から憎まれている敵国のスパイでも、きちんと弁護する、法に忠実な愛国者。一方、ソ連のスパイのアベルもまた、決して祖国を裏切らない。自分の信念に忠実な二人の間に生まれる奇妙な友情は、本作の見所のひとつだ。

映画後半、東ベルリンでのスパイ交換のプロセスは、息詰まるサスペンスで、ブルーグレーの画面の中でのスリリングな演出はさすがである。良き夫、良き父、良き市民として、平凡な人生を歩んできた男が、全力で不可能に立ち向かった知られざる実話は、見応えたっぷりのドラマだ。主演のハンクスはもちろん、アベルを演じた英国俳優マーク・ライアンスの抑えた演技が素晴らしい。何より、人と人とのつながりを肯定するメッセージが感動的で、期待通りの秀作に仕上がっている。
【85点】
(原題「BRIDGE OF SPIES」)
(アメリカ/スティーヴン・スピルバーグ監督/トム・ハンクス、ビリー・マグヌッセン、マーク・ライアンス、他)
(ヒューマニズム度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。