緊急事態に備えることは直ちにナチスを意味しない --- 岩田 温

▲「緊急事態」想定でナチスを想起する言説は妥当なのか(アゴラ編集部)

15日のBS朝日番組の収録で民主党の岡田克也代表は自民党の憲法草案が「緊急事態条項」を創設しようとしていることに触れて次のように語ったという。

「緊急事態になれば、法律がなくても首相が政令で法律を履行でき、権利を制限できる。恐ろしい話だ。ナチスが権力を取る過程とはそういうことだ」

「ヒトラーは議会を無視して独裁政権を作った。自民党の案はそういうふうに思われかねない」

「緊急事態条項」を創設することが、すぐにヒトラー的、ナチス的だという批判だが、これは余りに極端な意見だろう。

ヒトラーが権力を掌握する過程を分析すると重要な2つのポイントがあった。

1つは、「議事堂炎上令」だ。
これは、1933年2月27日、選挙の最中、ベルリンの国会議事堂が何ものかの手によって炎上するという事件を契機として出された政令だ。非常事態宣言といってよい。

 この政令に従って、警察は「保護拘束」との名目で、司法手続きを経ることなく被疑者を逮捕できるようになった。また、地方の州政府の権限を中央政府に移譲することにもなった。

だが、ヒトラーの独裁体制は、この非常事態宣言だけで完結したわけではない。もう一つのポイントが「授権法」だ。このを法律を成立させ、憲法、法律を事実上無効なものとし、ヒトラー率いる政府の命令こそが法律として、独裁体制を整えた。

確かに、ヒトラーは国家の危機を利用して独裁体制を固めた。

これは歴史的な事実だから、危機を利用する政治家に対して、敏感になる気持ちも理解できる。政府が「緊急事態」を利用して、独裁的な傾向を深める可能性を完全に否定することは出来ない。だから、「緊急事態条項」の適用に際しては、極めて慎重な判断が求められる。軽々しく用いられてはならない。

しかし、「緊急事態」に対して、「常時」と同じであっていいという主張は、おかしな主張だ。そして、緊急事態に際して、政府が強い姿勢で臨むことを、すべてナチスや人らーと同一視して、全てを否定するのもおかしな話だ。

例えば、フランスでは同時多発テロ以降、「非常事態宣言」が出された。これによって、警察は裁判所の令状なしに家宅捜索が可能になったし、市民の移動の自由も制限されることになった。基本的な人権が侵害されているのだから、決して望ましい状態とはいえない。

だが、この事実を以て、フランスがナチス化したと批判するのはおかしな話だろう。実際に恐るべきテロが起き、そうしたテロから市民の生命を守るためにやむを得ず「非常事態宣言」が出されたのだ。

自民党草案に定められた「緊急事態条項」が完璧なものだとは思わない。だが、緊急事態に対して備えておくことは重要なことだ。「緊急事態」に際して、何も動けないままにテロリストの好きなようにされてしまう事態は避けるべきだろう。

繰り返しになるが、こうした「緊急事態」は起って欲しくないし、起すべきでもない。しかし、万が一に備えておくことは大切だ。同時に、権力がこうした「緊急事態条項」を濫用し、暴走することを防ぐ仕組みも併せて考えておくべきだろう。

何でも「ヒトラー」、「ナチス」と極端なレッテル貼りで片付けてしまうのではなく、国民の生命を守ることを第一に考えるべきだろう。

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講師 岩田温

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編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏のブログ「岩田温の備忘録」2016年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は岩田温の備忘録をご覧ください。