トランプ現象への“憂い”--- 池内 恵


▲米政治への現状を憂う(?)コーエン氏(C-Spanより、アゴラ編集部)

アメリカに来て10日ほど、米時間での日程と、日本時間での入稿・校了作業を複数同時にやっているので、限界に来ていますが・・・

ホテルでC-Spanが入っていると、3つあるチャンネルのどれかをつけっぱなしにしているのだが、偶然ウィリアム・コーエン元国防長官(クリントン政権後期)のブック・トークが耳に入った。
http://www.c-span.org/video/?326904-1/book-discussion-collision

ワシントンの書店「Politics and Prose」で去年7月にやったブック・トークなんだが(ここのブック・トークは土地柄、政治がらみのものがおもしろい)、どうやらこの人、国防長官を辞めた後、ロビイングのコーエン・グループを立ち上げて儲けながら、政治エンターテインメント小説みたいなものを出して楽しんでいるみたい。

今回はCollisionなる小説で、小惑星が地球と衝突しそうになったら、合衆国はどうこれに対処するか、という話(だと思う、聞いた限りは)。国防長官としての経験から、「通常の防衛は敵を見つけるとdeter, defend and defeatするのだが、意思を持たない小惑星に対してはdetect, deflect and destructなんだ」そうである。こういううまい言い回しを使わねばならないのがアメリカのトークなので、さすがに長い間議員をやっていたコーエンさんは話がうまいですね。

ただし、小説は理屈が通り過ぎてつまらなそう。読んでいないけど。小説というより、シミュレーションとプレゼンテーションではないのか。

それよりもこのトーク全体が、軽妙なユーモアや「いい話」めいた思い出話にまぶして、bipartisanshipの重要さを説くものになっているのが気に入った。コーエンは弁護士→共和党の下院議員→上院議員をへて、引退した直後に、民主党のクリントン政権で国防長官を務めたという意味で、bipartisanshipを体現した経歴の人である。

トランプ現象に顕著な、分極化が深まる米政治への、引退したがなおも尊敬されている政治家からの警鐘ということなのだろう。このようなところに聞きに来る聴衆は、同じように憂えているのだろう。

冒頭で教師の重要さを説いているのも、聴衆が「ほろっ」とくる話なのだろう。バスケットボールでプロになろうとして遠征に明け暮れていた高校時代、古典の先生が「各自ソネットを書いてきなさい」と宿題を出した時、「男はソネットなんか書かない」みたいなことを言って反抗したら、「ソネットを書くか、単位を落とすかだ」とあしらわれて、一生懸命書いてみたら視野が開けて、バスケットではプロになれなかったけれど、詩や小説を書くことが生涯の趣味になった、という。

そしてこれが、議会がフィリバスターで膠着して徹夜状態になった時、民主党のゲイリー・ハート上院議員と小説を書く話で意気投合し、長い時間をかけて共作した、みたいな話に移る。

教師が強制してくれたから小説を書くようになった→それが議員になってから敵方の政党の有力者と仲良くなるきっかけになった、みたいな「いい話」が自然に結びついて、現在のアメリカ政治の分極化への警鐘を、押し付けない程度にほのめかす形になっている。

質疑応答でオスプレーの話が出てきたりする。


池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授


編集部より:この記事は、池内恵氏のFacebook投稿 2016年1月20日の記事を転載させていただきました。転載を快諾された池内氏に御礼申し上げます。