「制限選挙」考

若井 朝彦

日本には日本の、世界各国にはそれぞれの選挙事情がある。議会制国家といえども、形態はさまざまだ。

イギリスの小選挙区制、ドイツの5%条項、最近注目の度合いが高まったギリシャの選挙では、第一党へのボーナス配分があるのだという。ドイツは切捨て主義、ギリシャはオマケ主義である(切捨ても併用)。わかりやすすぎて思わず笑ってしまうが、それぞれの国にはそれなりの背景がきっとあるのだろう。

現在は解消の方向らしいのだが、フランスの場合、国民議会と地方議会、または首長などとの掛け持ちが許されている。公職にとどまったまま別の公職への立候補も可能であるようだ。ミッテランと大統領の座を争ったシラクは、パリ市長のまま立候補し、ミッテランに二度敗れても、パリ市長のままであった。

この大統領の選出方法も個性ゆたか。アメリカの「州別総取り方式による代理人選挙」というのは(日本人からすれば)じつにわかりにくい。ごく一部の州では比例配分するというのだからなお複雑。先日の中華民国の総統選挙は、ただ票を合算するだけだったから、こちらの方が合理的だと思うのだが、国の大きさもちがえば歴史もちがって、一概にどちらがいいとも言えないのだろう。

しかしどのような方法にしても死票は出るし、判定には不合理が、そして議席の配分にも偏りが生ずる。だがギリシャがそうであるように、勝者にはより多くの議席を配分して政権を安定させるという制度上の工夫は、あらわである場合もあればそうでない場合もあるけれども、多くの国に見られるものだ。かならずしもそれは悪ではないと思う。

さて、日本の制度である。

憲法前文、その冒頭いきなり、

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、

とあるように、日本は代議士制度国家である。そして

第十五条
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

とあって普通選挙だということになっている。しかしこの「普通選挙を保障」という一句は、現在からすればやはり違和感がある。この憲法の制定時、いわゆる「普通選挙法」が成立してまだ20年すこししか経っていなかったという事情もあった。普通選挙というものは、国会が成立させたものというよりも、政府が許可した制度であった色合いがまだ残っているわけだ。

ところでこの日本の選挙制度はとてもややこしい。二院制で、任期の設定、解散の有無は異なり、どちらの院も選挙区と比例区を持つ二票制だが、区割りはまったく別もの。参議院は区ごとの定員もマチマチである。

ツギハギだらけの選挙制度である。こうなったについては、第一に時の与党の現職議員が、自分の選挙のことを専らに考え、自らで自らの選挙ルールを決めて(あるいは古いルール放置して)きたからである。

その結果、一票の途方もない格差も生じているし、とても「正当な選挙」とはいえなくなっているわけだが、かといって民意をまったく無視しているというものでもない。ないよりもはるかにマシ。どうにかこうにか続いている。

こういったこともいずれ糾さなければならないだろうが、しかし最大の問題は、選挙権にではなく、むしろ被選挙権にあるとわたしは考える。

立候補にとてつもなく高いハードルがいくつもいくつもあるということだ。立候補=被選挙権について、日本は立派な制限選挙である。

一般人が立候補しても、当選できないのははじめからわかっている。だからといって参入障壁が高くてもいいということにはならない。ほとんどの有権者が立候補を想像することすらできないという制度は、有益な政治的意見の醸成を困難にするからだ。

日本における「普通選挙」の欲求は明治から大正にかけて高まった。だがその概念は投票権に特化されてしまっていて、参政権全体に及んでいなかった。戦後当時には憲法が普通選挙、女性の参加を保障するだけでも十分前進だったかもしれないが、今はちがう。

しかしながら被選挙権のあり方は、戦後さらに制限の一途であった。立候補可能年齢、高い供託金からはじまって、政党助成金による既成政党への保護、比例区における政党要件、候補者数や所属無所属による差別など。

新しい政党も、一皮むけばその多くが、自民党か、自民党に近い層からの枝分かれであったのも、この制度制約と無縁ではないだろう。

このような状況が続いたために、政治的意見が、政策提言にではなくて、強硬な反対運動に集約されてしまう。国会における万年野党が、与党のスキャンダルや、いわゆる政局には関心はあっても、国家運営には無関心であるのと同じように、世論の野党化が深刻さを増す。新聞もテレビも出版もこの傾向が止まらなくなっている。

可能性としての立候補を極端に狭めることは、政治的意志だけではなく、政治一般の理解力までも弱らせる。投票権の年齢をいくら引下げても、なんら改善しない。立候補制限の低減は、もしかすると一票の格差の解消以上に重大な課題であるだろうと、わたしは考えている。

 2016/01/21
 若井 朝彦(書籍編集)

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