「チリワイン」考

若井 朝彦

ここのところ、新聞にチリワインの記事が続いた。数日前に「日本のワイン輸入量でチリが首位フランスに肉薄」というものが出たばかりだったのだが、最新の数字では「ついにチリが首位に」ということになったようだ。紙上はほとんどペナントレースの扱い。

しかしこのチリワインは、とりわけスーパーに向いていた。

500円前後のワインいろいろ

説明するまでもなくここ数年、スーパーやコンビニの酒類の棚はチリワインが花ざかり。フランスワインは1,000円前後からだが、チリだと関税優遇の追い風もあって500円前後。この500円のものが1,000円のフランスよりもしっかりとしたボディーと酸を持っている場合も多いものだから、街場の店舗ではとっくに勝負はついていた。

500円で750ccである。発泡酒のファンも、時には振り向かせることが可能な価格だ。

スーパーの棚にだって、2,000円のブルゴーニュや、店によっては5,000円程度のシャンパーニュ(どちらもフランス)も置いてあるわけだが、そんなワインがスーパーで回転がよいはずもなく、実際のところはチリワインのコスパを際立たせるディスプレイのような扱いなのかもしれない。

スーパーというところは、ワインでは定番をおいておかなくても、まあ許される。あるインポーターからのチリが売り切れたら、別の系統のものを仕入れればいい。価格本位で選び、評判で絞っていけば当たりがとりやすい。身軽に戦えるわけだ。

数日おきにスーパーの棚を見ていると、回転のいいワインは自然と目につく。チリに限らず、気に入ったものがあって買い増ししようとでかけても、もう残っていなかったりするのだが、そんな時は、だれかと評価が共有できたような気がして、なにかうれしい。

一方で「どうしてもフランスのあの村のものでなければ」という層は、店頭で買ったりはせず、ネット通販でさがして購入するのが普通になっているのだろう。ワイン専門の店舗は、この両方の勢いにどうしても飲み込まれてしまう。つらいところである。

チリワインもしっかりとしたボディーがあるので、1~2年放置しておいても、赤、白、ともに気になるようなバランスの崩れは起こさないだろう。かといって、わざわざ熟成を楽しむものではなさそうだ。フランスの立派な肩書きのあるワインのように、年月とともに香りが開いてくるということは、普通はない。

だがここ数年のチリは本当に楽しかった。同じラベルのワインが、毎年どんどんおいしくなっていったからだ。これはヴィンテージによる変動ではなくて、チリ全体のグレードが上がったからだとしか思われない。

このごろはチリのものでも、部分的にはていねいに樽熟成をし、そののち瓶詰して出荷、というものもよく見かけるようになった。そういう規格があるからだが、価格はやや高く、1,500円から2,000円程度。まだ試行の段階とはいえ、やがてはフルボディーの長期熟成向きのラインナップが充実してくるかもしれない。

南アフリカ、チリ、アルゼンチン、ニュージーランドのワインなどは、旧大陸(フランス、ドイツ、イタリア、スペインなど)のワインに対して、ニューワールドワインと称されてきたのだが、南アフリカはもちろん、とくにチリは店頭の立派な顔になっていて、いまではとてもニューワールドワインとは言えないだろう。

これから新たに名前が売れてくるとすればメキシコだろうか。あるときスーパーでじつに安価な発泡性のワインがあって、これがメキシコ産だった。安くて二の足を踏みそうになったが、それは杞憂。飲みもしないのに、価格だけで勝手な判断をするのはワインに失礼だし、第一自分が損をする。これがわたしにとって生まれてはじめてのメキシコワイン。そのあとも時々飲んでいるのだが、年々品質が向上しているのがわかる。普通の赤や白も、ぜひためしてみたいものだ。

このメキシコの発泡性のワインも、シャンパーニュと同じように、ワインを瓶に詰めてから二次発酵させ、ワインに豊かな炭酸ガスを含ませ、最後に澱を集めて除くといった手間のかかる方法で作られている(ところでシャンパーニュなど発泡性のワインに言及する場合、事情あって、このように説明が長くならざるを得ない)。手のかかる分だけ、メキシコは人件費の点で有利なのだろう。

ワインの世界地図が、今後どのように変わるのかは興味が尽きない。葡萄をはぐくむ土は容易に変化しないが、気候には短期長期の変動が起こりうる。あらたな国が伸してくるかもしれない。日本のワインも、もはや価格では闘えないだろうけれども、その分こまやかな造りで、独自性をどんどん発揮しはじめている。チリがそうだったように、いつかブレイクスルーに立ち会える楽しみが待っているかもしれない。

 2016/01/29
 若井 朝彦(書籍編集)

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