パチンコで生活保護支給停止の別府市が抱える矛盾 --- 田中 紀子


別府市が昨年12月にパチンコ店と市営競輪場を訪れていた、生活保護受給者に対し、1~2か月の受給停止処分を行っていたことに対し、賛否両論の意見が出ておりますが、ギャンブル依存症問題に関わる私の個人的見解としては、生活保護費をギャンブルに使途とすることを禁止することは「有り」だと考えています。

「生活保護のリアル」の著者である、フリーライターのみわよしこさんがこちらのブログで書かれておられますが、
http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20150120-00042397/

生活保護利用者の支援に関わる人々の多くが、「生活保護でギャンブル」はやはり問題であるという認識を持っています。
生活保護の範囲で娯楽を楽しむ自由は当然保証されるべきです。
「健康で文化的な」最低限度の生活が娯楽を含んではならない理由はありません。
しかし、ギャンブルは費用がかかりすぎるため、「健康」「文化」が損なわれてしまいます。

とあるように、ギャンブルというのは少額で気晴らし程度にに遊べるものとして、ふさわしいものではありません。まして住宅扶助費を除いた、生活扶助費の支給費が、7万円程度である現実を鑑みれば、あっという間に熱くなりエスカレートしていく危険性を伴うギャンブルに使用することは、ご本人の最低限の生活を保障するためにも、手を出さない方が無難だと言えるでしょう。

ましてや、現代のパチンコは不正釘問題でもあきらかなように、非常に射倖心をあおる機種となっています。そして競輪も私がギャンブルにはまっていた10数年前に比べ、「3連単」だ「ワイド」だと高額の払戻金がでるようになった現在では、大変リスクが高い遊びになっています。

しかしながら今回の別府市の対応で最も問題になることは、ギャンブルが使途としてふさわしくないと判断したにも関わらず、その後の対応が、行政がとるべき解決策としては、非常に行き当たりばったりで、短絡的な点ではないかと思います。

まず、別府市が発表された見解の中で、私どもからみると、非常に象徴的なキーワードがあります。
それは、こちらの記事に書かれておりますが、
http://diamond.jp/articles/-/85387

別府市福祉事務所は、2015年10月5日~30日の25日間、35名のケースワーカー(うち10人は非常勤)
全員をそれぞれ延べ5日間動員し、市内の遊技場(パチンコ店13軒と市営競輪場)の巡回調査を行った。

福祉事務所は、遊技場を訪れていた生活保護利用者25名に対して指導を行い、この期間に2回以上にわたって遊技場を訪れていた9人に対しては、生活保護を1~2ヵ月停止(中断)する処分を行った。

とあります。つまり、支給停止となった9名の方に関しては25日間の間に、2回以上ギャンブル場に足を踏み入れたということであり、この結果を、レジャー白書の余暇活動実態調査等を元に、パチンコの平均活動回数と照らし合わせてみると、平成26年度の平均活動回数は、年間22.8回と、月平均1.9回となっており、25日間で2回のギャンブルは、平均を上回る数字となります。
http://www.nichiyukyo.or.jp/gyoukaiDB/m6.php

ここから言えるのは、
指導されようが、「生活保護をストップされるかもしれない」というリスクがあろうが
「ギャンブルに行きたい!」という衝動が抑えられない
のであって、この方々は十分にギャンブル依存症であることが示唆されています。

「生活保護でギャンブルをしたからと言って、即ギャンブル依存症と決めつけるな!」という発信もよく見かけます。

実際、その通りだと私も思います。上記の調査25名の方のうち、16名の方は依存症者ではない可能性が高い。一方で、今回処分の対象となった9名の方は、リスクの大きさ、頻繁な出入り回数の両方から鑑みて、ギャンブル依存症者の可能性は非常に高いと考えます。

にも関わらず、ギャンブル依存症に対し、適切な治療や回復支援に繋げるのではなく、いきなり生活保護の支給を切ってしまうという方策は、乱暴そのものとしか言いようがありません。

そもそも生活保護を切ってしまったら、その方々はどのように生活なさるのか?
という疑問があります。

また、「ギャンブル衝動」を抱えた依存症者(の可能性がある)に対し、禁止だけでは回復の役には立たないことは明らかであり、最悪のケースでは、ギャンブル衝動が抑えられず、犯罪や自殺に至るケースもあり、行政の対応は私どもからみると、そのリスクを高める結果になっていると考えます。

そもそも、生活保護の支給に至った原因がギャンブルであった可能性もあります。この9名の方々に対し、適切な診断を行っているのでしょうか?

そして、別府市の対応に私が最も疑問を抱くのは、これほど生活保護費の使途に対するギャンブルに、過敏な反応を示されるにも関わらず、ギャンブル依存症対策に対しては、一向に力をいれていないこと、無策と言っても良い状況にあることです。

ギャンブル依存症からの回復を目指すには、ギャンブラーズ・アノニマス(通称:GA)という自助グループの存在は不可欠です。全員がGAで回復するわけではありませんが、最もコストパフォーマンスがよく、回復に有効な「12Step」というプログラムを使用した、世界的な集まりであり、ギャンブル依存症から回復し続けるためには、一番ポピュラーな社会的リソースです。メンバーの献金のみで成り立つGAは、医療費などのコストもかかりません。

GAのホームページには、

ギャンブラーズ・アノニマスは、経験と力と希望を分かち合って共通の問題を解決し、ほかの人たちもギャンブルの問題から回復するように手助けしたいという共同体である。

と書かれています。

そしてこのHPの会場案内のページを見て下さい。別府市にはGAは1か所もありません。
ついでに言えば、生活保護費をギャンブルに使っていないか監視する「小野市福祉給付制度適正化条例」を決めた小野市にもGAは1か所もありません。
http://www.gajapan.jp/jicmp-sjp.html

また、ギャンブル依存症の家族の自助グループ「ギャマノン」はどうでしょうか?
ギャマノンも別府市(そして小野市も)にはありません。
http://www.gam-anon.jp/group/chugoku

熱心な市町村は、依存症対策のために、自助グループとの連携を育てることに力を注いでいます。
自助グループがなければ、ケースワーカーさんや、保健師さんが、自助グループができるまで、家族会や当事者の相談会を開いたり、近隣の自助グループメンバーにメッセージ活動をお願いしたりといった、努力をされています。別府市では、ギャンブルの問題に関する相談会も開かれていないようです(大分県では月に1回開催)。

生活保護とギャンブル依存症の関係は非常に根深く、「保護費をすぐに使ってしまう。どうしたら良いか?」というケースワーカーさんからの相談も度々受けています。

私は、生活保護費をギャンブルに使用することを禁止することは有りにしても、それが守れなかった場合に、いきなり至急をカットするような、社会にリスクを背負わせるような対応ではなく、「生活保護を渡す代わりに、GAに参加する」など、なんらかの回復リソースに繋げることを、要件とするべきだと考えます。

別府市が抱える矛盾~競輪の営業と市民へのPR

そして、もう一つ、重大な矛盾を別府市は抱えています。
それは他でもない「別府競輪」の存在です。

ここに別府市のWEBサイトに掲載されていた、「別府けいりんファン感謝イベント開催事業」の事務事業行政評価シートをご覧下さい。

別府市が別府競輪の売り上げ増加を目指したイベントで、市の予算から600万円が計上されたようです。
https://www.city.beppu.oita.jp/03gyosei/seisaku/gyousei_hyouka/h25/pdf/014.pdf

このシートに書かれている文言をご一読下さい。

別府競輪場を1日開放して、子供から高齢者までが楽しんで頂けるようなテーマパークを設営し、競輪事業の理解・普及を図るとともに、かつ場外発売日に実施することにより20歳以上のお客様には新たな「遊び場」として楽しく競輪を理解して頂き、将来的な来場者・車券売上の維持増加を図る。

・ファン感謝イベント開催を機に競輪を知って頂き、将来的な来場者・車券売上の維持増加を図る。
・競輪事業のPRにより、単なるギャンブルではなく市民の身近なところに競輪事業の収益金が貢献していることをより深く理解頂く。

競輪事業は公営競技であるものの、ギャンブルであることには違いなく、一般市民の方すべてに理解頂ける事業ではない。しかし、競輪事業そのものを捉えると、その収益は別府市の一般会計に繰り入れされ、その使途は社会福祉の増進、スポーツ振興、文化教育等に有効に活用されている。また、地元の雇用や広告・清掃・警備など様々な経済波及効果も大いに認められる。

そう、別府市は、ギャンブル依存症対策もしくは、ギャンブルリスクに関する予防教育に関してはほぼ無策のようですが、子供から大人まで、そしてこれまで競輪に興味のなかった人にも、必死の営業努力で、売り上げを確保しているようなのです。

子供のうちから競輪場の魅力について伝え、将来ファンになって貰えるような努力を、別府市はなさっているわけです。そうして集まった売上金は「社会福祉費等」にも、役だっているようです。

さて、別府競輪のそばで育った子供は、どうなっていくのでしょう?
リスクを知らされず、魅力的な遊びとして教えられる競輪。

子供の頃から、お父さんに連れられて競輪場に遊びに行っていた子供が、将来、ギャンブル依存症になったとしても、何ら不思議はありません。実際、そんな例は、嫌というほど見聞きして来ました。その結果、仕事がままならず、生活保護を頼らざるを得なくなってしまった人たちの相談も、多々受けてまりました。

それらの売上金は「社会福祉費等」に歳入されるんだから、市民にとっても必要だ!という言い分。
でも、そこになんらリスク教育はなされず、依存症になった人の社会的リソースもない。それでいて生活保護費で競輪に行ったら、生活費は取り上げるよ!私は、この別府市の対応に「行政の都合のいいとこどり」という気がしてなりません。

ここに、別府市 長野恭紘市長さんのインタビュー記事が掲載されております。
http://www.sankei.com/region/news/160123/rgn1601230037-n1.html

長野恭紘市長さんは、

「生活保護をトランポリンのように従来の生活に戻れるような仕組みにしたい。調査・指導の強化は、自立支援策の一貫だ。」

とおっしゃっています。

でしたらまず、ギャンブル依存症に対する予防教育等の対策と、支援の充実を図るべきでしょう。現状はトランポリンではなく、奈落の底に突き落とす、落とし穴のような政策に見えます。

いきなり生活保護を切ってしまう様な、危なっかしい対策をとるよりも、競輪の売り上げの一部を計上し、まず子供たちに対するギャンブル依存症予防教育を実施することと、市長さんをはじめとし、ケースワーカーさんやその他行政の皆様方に、ギャンブル依存症と生活保護の関係について勉強会を開催して頂きたいと、切望する次第で御座います。


編集部より:この記事は、一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」のブログ「Snow Drop」の2016年2月2日の記事を転載しました(本文の一部をアゴラ編集部で改稿、画像も編集部)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「Snow Drop」をご覧ください。