憲法でご都合主義的なのは、安倍総理でなく東京新聞だ --- 岩田 温

安倍総理が日本国憲法と自衛隊の関係について、次のような踏み込んだ発言をした。

「実は憲法学者の7割が、9条1項・2項の解釈からすれば自衛隊の存在自体が(憲法違反の)恐れがある、という判断をしている。自衛隊の存在、自衛権の行使が憲法違反だと解釈している以上、当然、集団的自衛権も憲法違反となっていくのだろう」

この安倍総理の発言は正当である。
拙著『平和の敵 偽りの立憲主義』(並木書房)で繰り返し、繰り返し論じたように、「集団的自衛権の行使容認によって、立憲主義が破壊された」と叫んでいた憲法学者の多くが「偽りの立憲主義」者だった。何故なら、彼らは、自衛隊の存在そのものを「違憲」の存在と見做しているからだ。彼らの解釈に従えば、自衛隊の存在こそが「立憲主義」を破壊するのであって、「立憲主義を破壊する自衛隊を廃絶せよ!」と主張するのが正当な主張であったはずだ。

だが、自衛隊廃止論を展開すれば、多くの国民が、「ああ、この憲法学者たちの主張はあまりに極端な人だ」、「この人たちは現実を無視した空理空論を玩ぶ空想家だ」と気づき、彼らの本性が露呈してしまう。

そのために、国民が十分に理解できていない「集団的自衛権の行使容認」によって、戦後初めて「憲法の破壊」が行われるという詭弁を弄し始めたのだ。国民を欺く主張だったと言っても過言ではない。安倍総理の指摘はこうした人々の極端な見解、そして欺瞞を暴く発言だった。

だが、こうした発言に猛反発するマスコミが存在する。

『東京新聞』は「首相9条発言 ご都合主義の改憲論だ」と題した2月3日の社説で次のように指摘している。

ちょっと待ってほしい。
集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法をめぐり、多くの憲法学者らが憲法違反として反対の声を上げたにもかかわらず成立を強行したのは、当の安倍政権ではなかったのか。

自衛隊は、日本が外国から急迫不正な侵害を受ける際、それを阻止するための必要最小限度の実力を保持する組織であり、戦力には該当しないというのが、自民党が長年、政権を担ってきた歴代内閣の見解である。

自衛隊を違憲とする意見があるのは確かだが、国会での議論の積み重ねを通じて定着した政府見解には、それなりの重みがある。

安倍政権が憲法学者の自衛隊違憲論を理由に九条二項の改正を主張するのなら、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定や安保関連法についても、憲法違反とする憲法学者の意見を受け入れて撤回、廃止すべきではないのか。

都合のいいときには憲法学者の意見を利用し、悪いときには無視する。これをご都合主義と言わずして何と言う。それこそ国民が憲法で権力を律する立憲主義を蔑(ないがし)ろにする行為ではないか。

この社説がおかしいのは、安倍総理は、あくまで憲法学者がこういう意見を持っていると紹介しているだけで、歴代内閣の見解を否定するなどと主張していないのに、あたかも安倍総理が歴代内閣の見解を否定するかのように主張している点だ。これは、端的に間違いで、安倍総理は自衛隊を違憲だとはいっていない。多くの憲法学者が違憲だといっていると紹介しているだけだ。

面白いのは『東京新聞』が次のように主張している点だ。

「自衛隊を違憲とする意見があるのは確かだが、国会での議論の積み重ねを通じて定着した政府見解には、それなりの重みがある。」

この社説を読む限り、『東京新聞』は、「自衛隊」の存在を「合憲」とする政府解釈には賛成しているようだ。

それは大変結構な話だ。
だが、考えて頂きたいのは、憲法学者の多くが自衛隊の存在そのものを「違憲」だと解釈していることだ。『東京新聞』はこうした憲法学者の意見には大した重みがないと考えているようだ。

それではなぜ、その同じ憲法学者たちが唱える「集団的自衛権の行使容認は憲法違反だ」という主張には諸手を挙げて賛成するのだろうか。

もう一度、確認してみよう。

安倍総理は、憲法九条を根拠として多くの憲法学者が自衛隊を「違憲だ」と主張していることを紹介している。そして、そうした憲法学者の主張に基づいて、「自衛隊を廃絶せよ!」などとは主張していない。自分自身ではそう解釈していないものの、祖国を守る自衛隊の存在を「違憲」だと解釈されてしまう余地のある憲法は改正した方がいいのではないか、というのが安倍総理の主張だろう。

これについて、『東京新聞』は次のように云っている。

安倍政権が憲法学者の自衛隊違憲論を理由に九条二項の改正を主張するのなら、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定や安保関連法についても、憲法違反とする憲法学者の意見を受け入れて撤回、廃止すべきではないのか。

都合のいいときには憲法学者の意見を利用し、悪いときには無視する。これをご都合主義と言わずして何と言う。それこそ国民が憲法で権力を律する立憲主義を蔑(ないがし)ろにする行為ではないか。

「ご都合主義」なのは、安倍総理ではなく、『東京新聞』の方だ。
安倍総理は「集団的自衛権」の問題に関しては、多くの憲法学者たちの見解とは反した立場に立っている。そして、自衛隊は「違憲だ」という憲法学者たちの主張に対して賛同していない。何故なら、彼らの主張に従えば、憲法に従って、自衛隊を廃絶せよということになってしまうからだ。こうした極端な主張が為されないために改憲すべきではないかと主張しているのだ。

「自衛隊の存在を違憲」「集団的自衛権の行使容認も違憲」とする憲法学者たちと一貫して対峙しているのが安倍総理であって、こうした姿勢を批判するのは構わないが、これは別に「ご都合主義」ではない。寧ろ一貫した姿勢である。

逆にご都合主義としか捉えられないのが『東京新聞』の方だ。
『東京新聞』は、集団的自衛権の行使容認に関しては、多くの憲法学者たちの主張に賛同して、「違憲だ!」と説く。しかしながら、自衛隊の存在に関しては、多くの憲法学者の「違憲だ!」という主張を無視して、「自衛隊を違憲とする意見があるのは確かだが、国会での議論の積み重ねを通じて定着した政府見解には、それなりの重みがある」という。

先程の安倍総理への批判をもう一度読み返してみよう。

「都合のいいときには憲法学者の意見を利用し、悪いときには無視する。これをご都合主義と言わずして何と言う。」

何とも嗤うべきことに、ご都合主義なのは、そう批判している『東京新聞』の方なのだ。

多くの憲法学者が自衛隊の存在そのものを「違憲」と捉えている事実を指摘されると周章狼狽し、自分たちが都合のいい解釈をしてきたことを糊塗し、あたかも事実を指摘した人間が間違っているかのように論ずるのは、不適切だ。




編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏のブログ「岩田温の備忘録」2016年2月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は岩田温の備忘録をご覧ください。


【講演会のお知らせ】
演題「文明論から読み解く21世紀」
講師 岩田温

冷戦終結後、どのような世界秩序になるのか、今日に至るまで模索状況が続いてきましたが、どうやら、結論は「乱世」となりそうです。迫りくる「乱世」を生き延びるために、日本はどう動くべきか。古典、政治哲学の分析を通じて国際情勢を読み解きます。

詳細を担当者から返信させて頂きますので、お申し込みはこちらよりお願い申し上げます。

会費は各会場3000円です。

2月 6日 大阪会場 終了。満員御礼。多くの皆様にご参加いただき盛況でした。

2月13日 名古屋会場 午後3時~午後5時(名古屋駅周辺を予定。お申込みいただいた方に詳細を返信いたします) 残席わずか、お早目にお申し込みください。

2月27日 東京会場  午後4時~午後6時(東京駅周辺。お申込みいただいた方に詳細を返信いたします)

大阪会場にご参加いただいた方の御感想を一部掲載させて頂きます。

「本日は政治学者・岩田温さんの講演会を聴かせて頂きました。 テーマは『文明論から読み解く21世紀』。
フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』、サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』、エマニュエル・トッド『文明の接近』等を叩き台に、冷戦終結後、米国(及び西欧)のひとり勝ちに見える世界の政治状況に対して昨今揺さぶりをかけている(ように思える)イスラム世界及び中国の動向の世界史的意味合いを理解しようという大変意欲的かつ魅力的な内容でした。
(略)
政治思想の話というと「民主党はもうだめですね」「今度の参院選挙は衆議院も解散するんですか」というような目先の話に終始しそうですが、そういうけちくさい話ではなく、こういう大所高所から世界のおおまかな流れを掴みたいと常々思っているので本当に面白かったです。」(Sさん)

「2時間、精力的に話していただき、聞く私も他の参加者も二時間集中して聞きいっていた。休憩なし。席をたった人なし。私のような浅学が見ても分かりやすいレジュメを作っていただき、サミュエル・ハンチントン、エマニエル・トッド、レーニン、マルクスなどを引用し、将来の世界の政治状況についての興味深い講義をしてもらった。はっきり言って心にズシーンときた。自分なりに考える有意義な指標を得たと思う。」(Tさん)

「満席の大会議室で、定刻ピッタリに始まり、定刻ピッタリに終了するという岩田温先生の講義でした。マルクス、ヘーゲル、フランシス・フクヤマ、サミュエル・ハンチントン、エマニエル・トッドなど、それぞれの文明の定義や思想について、短時間にギュッと、エネルギッシュな解説でした。懇親会での交流は、またがらりと雰囲気が変わり、楽しく語らい、20代30代の彼らに希望を感じます。」(W様)

詳細を担当者から返信させて頂きますので、お申し込みはこちらよりお願い申し上げます。