マイナス金利を懸念する主な意見 --- 久保田 博幸

1月29日の日銀の金融政策決定会合では追加緩和策として、マイナス金利付き量的・質的緩和を導入した。その1月28、29日の金融政策決定会合における主な意見が8日に公表された。

国際金融資本市場とリスクに関しては、「最近における原油価格の一段の下落や中国など新興国・資源国経済の先行き不透明感を背景とした、金融市場の不安定な動きによって、人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している」との意見が述べられている。

もし金融市場の不安定な動きが物価の基調に悪影響が及ぶとなれば、日銀は株や為替の動きに一喜一憂しながら金融政策を変更するということであるのか。1月の追加緩和はまさに円高株安が要因と主張しているかに思える。

1月29日の決定会合で、日銀当座預金にマイナス0.1%のマイナス金利を適用し、今後、必要な場合、さらに金利を引き下げるとした。これは金融市場にとってサプライズとなり、株式市場は乱高下し、債券は買い進まれて残存8年近くまでの国債利回りがマイナスとなった。

しかし、追加緩和による円安株高効果は一時的で結果として、ドル円や日経平均はマイナス金利導入前の水準に戻ってしまっている。日銀はいったい何をしたかったのであろうか。ただし、金利だけは見事に低下している。

物価に関する見方では、物価の基調はこれまでのところ着実に高まっているとの表現に変化はない。そうであれば、なぜ追加緩和が必要になったのか。円高株安でデフレマインドが強まるとの懸念と矛盾した見方となっている。

「金融市場の不安定な動きなどによって、企業のコンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大しており、その顕現化を未然に防ぐ必要がある。」

不安分子はすべて排除せよ、のような発言ではあるが、デフレマインドの転換の遅延の顕現化がマーケットを通じたものであれば、追加緩和はそのマーケットに刺激を与えたいものということになるが、結果として追加緩和を市場は好感するわけではないことを示すことになっている。

「金融政策の信認を保つためにも、追加的措置を講じて補強するとともに、将来の緩和手段の選択の幅を広げることが適切である。」

どなたの発言かはわからないが、追加緩和手段が限られていることを主張しているようにも思える。

金融政策運営に関する意見では、今回の日銀のマイナス金利政策を擁護する意見が目立っていたが、これは5対4の僅差で決定されていたことで、当然ながら以下のような批判的な見方が出ていた。

「国際金融資本市場の不安定な動向からリスクは下方に厚いが、ただちに政策対応が必要な情勢ではない。マイナス金利導入が市場にかえって政策の限界を印象づけてしまうことを懸念する。」

「マイナス金利導入は、資産買入れの限界と受け止められるほか、複雑な仕組みは混乱・不安を招くリスクがあり、かえって、金融緩和効果を減衰させる惧れがある。」

「国債のイールドカーブをさらに引き下げても、民間の調達金利の低下余地は限られ、設備投資の増加も期待し難い。」

「マイナス金利導入は、金融機関の国債売却意欲を低下させ国債買入れ策の安定性を損ねる、金融機関の収益性をさらに悪化させ金融システムの潜在的な不安定性を高める等の問題があるため、危機時の対応策としてのみ妥当で、現時点では温存すべきである。」

「マネタリーベース増加目標維持とマイナス金利導入は論理的整合性に欠ける。テーパリングと合わせて実施する筋合いの政策である。また、マイナス金利は実体経済への効果の割に市場機能や金融システムへの副作用が大きく、効果と副作用のバランスを欠く。」

「今後、一段のマイナス金利引下げへの期待を煽る催促相場に陥る惧れがあり、金融機関や預金者の混乱・不安を高め、2%目標への理解が乏しい下で誤解を増幅する惧れがある。」

「既にマイナス金利を採用する他国中銀とのマイナス金利競争に陥ることを懸念する。また、中長期国債利回りのマイナス化で本行のみが最終的な買い手となり、市場から財政ファイナンスと見做されるリスクが高まる。」

日銀の追加緩和としては、さらなる量の拡大は12月の補完措置があっても難しい状況にあった。このため浮上したのがマイナス金利であったと思われる。しかし、これまでの政策も継続させることによって量とともに金利を加えるという方式を編み出したが、これは政策が限界になりつつあることを印象づけた。マネタリーベースを増加させながらマイナス金利も導入するという複雑な仕組みは、混乱・不安を招くリスクがあり、短期金融市場関係者ばかりでなく、個人も含めての資産運用に対し、すでに不安や混乱は生じつつある。

マイナス金利は金融機関による金利の利ざやの確保が難しくなり、収益力が低下する懸念もある。さらに付利のマイナス化は短期金融市場の機能不全を起こす要因となるうることで、マイナス金利がスタートする16日以降の市場への不安感はかなり強い。

すでに長期金利がゼロ%近くに低下していることで、投資家不在となりつつあるなかで、債券市場も機能不全になる懸念が強まりつつある。市場から財政ファイナンスと見做されるリスクが高まるとの見方にも注意が必要か。いつまでも債券市場がこのまま素直でいるとも思えない。


久保田博幸(くぼた ひろゆき)
1958年、神奈川県生まれ。慶応義塾大学法学部卒。
証券会社の債券部で14年間、国債を中心とする債券ディーリング業務に従事する傍ら、1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。専門は日本の債券市場の分析。特に日本国債の動向や日銀の金融政策について詳しい。現在、金融アナリストとしてQUICKなどにコラムを配信している。また、「牛さん熊さんの本日の債券」というメルマガを配信中。2015年まぐまぐ大賞で資産運用部門第2位を受賞。日本アナリスト協会検定会員。

主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓」すばる舎、「短期金融市場の基本がよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

「債券ディーリングルーム」http://fp.st23.arena.ne.jp/
「牛さん熊さんブログ」 http://bullbear.exblog.jp/

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年2月9日の記事を転載させていただきました。転載を快諾くだいました久保田氏に心より御礼いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。