清原和博と薬物依存症とよけいなお節介と --- 天野 貴昭

▲現役時代からの薬物使用が報じられ始めた清原容疑者(旧ブログ画面より)


清原容疑者の逮捕で薬物中毒・依存症の問題が社会でも一気にクローズアップされ始めましたので、今回は薬物依存症について考察して参りたいと思います。

他の依存症と較べると薬物依存症に関する研究は大変進んでいますが、その中に「薬物依存症患者は薬物が原因で依存症に陥る…訳ではない!」といった研究があります。

【楽園のネズミたち】

それは「ラットパーク実験」と呼ばれています、詳しい内容はリンクも併せて見て頂きたいのですが

今から30年程前、カナダはサイモン・フレーザー大学のB.アレクサンダー博士は…

・一般的なケージによって隔離された「孤独なラット」と、巨大なケージ内で沢山の仲間やレクレーション施設が充実する「楽園ラット」を設け、それぞれに普通の水と薬物入りの水を用意した

・実験開始後、孤独なラットは楽園ラットより早い段階から薬物水を飲み始める事、摂取量に関しても楽園ラットに較べ19倍も多く薬物水を飲む事が判明した。

・長期間薬物水を摂取したラットでも、仲間が充実した楽園環境に移すと次第に薬物水を避ける事も発見された。

・(また、これと別の話として)1960年代のベトナム戦争時、アメリカ兵の約20%が薬物を使用していた。

・しかし帰還後も薬物依存が継続した兵士は5%程度に留まった事が追跡調査により判明している。

…これらの事象から、博士は薬物依存症の原因が「薬物」ではなく「孤独」ではないのか? と分析をしています。

この実験は発表当時かなりの批判を受けてしまい、2年後の1982年には研究が打ち切られます。が、近年になって注目される様になりました。

【「余計なお節介」について考える】

ここで「博士の分析が正しい」と仮設した上で考察して行くと、薬物依存症の特効薬は「孤独からの解放」という事になりそうです。これは画期的な発見であり、問題解決に向け一気に道が開かれたかの様にも見えます。

しかし僕は、この発見によって導けた事は問題の根にある「大きな根」を判明させたのみに過ぎないと感じています。

その大きな根とは「よけいなお節介」です

「愛情(親切)」と「よけいなお節介」は非常に密接な繋がりがあります。それは「かわいい」と「気持ち悪い」、また「格好いい」と「ダサい」の関係と似ているといって良いでしょう。

・年頃のお嬢さんがミニスカートを履けば可愛らしいですが、僕がミニスカートを履けば大概の方は気持ち悪いと思います。でもミニスカートに変わりはありません。

・或る日、僕は弟に「昔の江口洋介の様なロングヘアーにしたい」と相談したら「おまえがロン毛にしたら只の落武者だ」と諭されました(…兄弟って良いですねw)。しかし僕がしても江口さんがしてもロングヘアーに違いはありません。

…少し話題がそれましたが(汗)…

1.今記事を読んでいらっしゃる「あなた」に向かって、僕が何らかの「愛情」を注いだとします。でもそれが「愛情」なのか「余計なお節介」なのかを判断するのは僕ではありません。「あなた」です。

2.「自己主張達成の為のツール」として「愛情・親切」という表現を使用すべきではないと思っています。「貴方の為に言っている」という発言が「愛情・親切」なのか「命令」なのかが判別しきれない場面を社会の彼方此方で見かけます。

3.僕が今このような記事を書いているのは、これによって様々な方から批評・批判が伺える事が僕にとって有益だからです。断じて皆さんの為にしている訳ではありません。もちろん、結果的に何方かのお役に立てば喜ばしい限りではありますが、それは二次的なものです。

…上記に挙げた様な概念が社会全般で共有されないうちに「孤独を愛する人」を集団に招いても「愛情・親切」の中に入り混じった「よけいなお節介」を嫌がられ、結局は集団の中で孤立してしまい「かえって状況が悪くなる」。僕はこう思えて仕方がないのです。

皆さんはどう考えますか?

天野貴昭
トータルトレーニング&コンディショニングラボ/エアグランド代表