田中角栄の「開発主義」の功罪:『天才』

石原 慎太郎
幻冬舎
★☆☆☆☆



小説としては駄作である。正味200ページ足らずで、パラパラに組まれた1人称のモノローグで書かれている田中角栄伝は、巻末に列挙されている資料を読めば誰でも書ける。ただ著者が、なぜ人生の最期に近くなって田中論を書いたのかという意図は、「長い後書き」に書かれている。

日本の高度成長期に、それを支えたテレビや高速道路や新幹線をつくったのは、田中だった。彼が議員立法で40本も法律をつくった記録は、いまだに破られていない。日本の政治家のほとんどが官僚のつくった法律に文句をつけるだけなのに対して、田中は憲法の理想とするlawmakerとして、ずば抜けた能力を発揮したのだ。

彼の政治哲学はナショナリズムだった、と著者はいう。エネルギー資源に乏しい日本が発展するためには原油の確保が必要だと考えて中東外交を積極的に行ない、原子力開発のために地元に交付金を落とすシステムをつくった。しかしそれは日本を支配下に置こうとするアメリカの逆鱗にふれて失脚した――というよくある話だ。

著者が田中の「天才」をなつかしむ気持ちはわかる。首都の航空網はパンク寸前なのに、そのまわりに広大な米軍基地があって、民間機の利用を許さない。官僚にまかせていたら、軍民共用にするのにも何十年もかかるだろう。田中がいれば、米大統領と話をつけて、トップダウンで実現したかも知れない。

しかし田中を失脚させたのは、アメリカの陰謀だったのだろうか。彼が失脚したきっかけは文藝春秋の記事だったが、首相辞任に追い込んだのは(著者を含む)自民党内の反田中勢力だった。彼は54歳で首相になるまでに多くの敵を金でねじ伏せてきたが、彼らが「主君押込」をやったともみることができる。

「ロッキード事件はアメリカの陰謀だった」というのも目新しい説ではないが、公開されたCIA文書によれば、米議会に機密文書が送られたのはCIAのミスで、本筋の児玉=中曽根ルートを隠すために田中が犠牲になったとされている。この点でも、自民党や検察が田中を守らなかったことが本質だろう。

それより問題なのは、田中の「功」だけを書いて「罪」を書いていないことだ。田中は財政投融資という「裏の予算」を活用し、鉄建公団で赤字ローカル線をつくり、道路特定財源で全国に赤字の高速道路網を建設した。首相になった翌年の1973年を「福祉元年」と呼び、年金支給額を毎年のように増額して積立方式を崩壊させた。

田中の開発主義は、60年代までは時代にマッチしていたが、70年代に成長率が下方屈折すると慢性的な財政赤字の原因になった。田中の路線を転換するには、90年代に小沢一郎の構想した「小さな政府」への改革が必要だったが、彼はそれを実現する政治的な才能において「オヤジ」には遠く及ばなかった。

いま問われているのは、田中以来の開発主義から、いかに人口減少時代の低成長経済に転換するかという問題である。そんな時代に古きよき高度成長へのノスタルジアを語る本書は時代錯誤だが、大改革は日本的コンセンサスでは不可能だというメッセージはわかる。