映画「マネー・ショート」が仕掛けた、3つの賭け --- 安田 佐和子


世界的な金融危機は何百冊もの著作を生み出したが、映画はわずかしかない。住宅ローンを見栄えよく映し出すのは難しい——ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙でFed番記者として鳴らした、グレッグ・イップ氏の言葉です。

雑誌「経済界」のご縁を預かり、映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転(原題:The Big Short)」の試写会に行って参りました。サブプライム危機を端的に突いたマーク・トウェインの名言で始まってから、上映時間130分があっという間でしたよ。原作や豪華キャスト陣に加え、監督の力が奏功したのは言うまでもありません。特に監督は「俺たちニュースキャスターアンカーマン(Anchorman: The Legend of Ron Burgundy)」、「アザー・ガイズ俺たち踊るハイパー刑事!(The Other Guy」、「アントマン(Antman)」などコメディで辣腕を発揮してきた、アダム・マッケイというのがポイント。シリアス・ドラマが初めてとは思えないほど、痛快に金融危機の内側をえぐってくれました。ウォール街関連の作品では右に並ぶ者がいない原作者のマイケル・ルイスが「『俺たちニュースキャスターアンカーマン』の続編を撮影するなら」という条件を提示し、アダムを監督に選んだのは正しかった。この映画の、一つ目の賭けに見事に勝ったわけです。

事実に基づく今作品はもちろんサブプライム問題、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)、債券担保証券(CDO)、シンセティックCDOなどの専門用語が次々登場します。ここをどう料理するかと思ったら、まさか本当に有名人シェフのアノ人を登場させるとは(笑)。他に映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でレオナルド・ディカプリオの妻役を演じたマーゴット・ロビーを、シンセティックCDOでは経済学の権威リチャード・セイラー教授を起用する凝りっぷり。有名人に説明させるアイデアは、人を笑わせる工夫で観衆のハートをつかんできたマッケイ監督ならではです。分かりやすくもクスッとさせ、観衆を飽きさせません。 ともすれば陳腐になりがちなカメオ出演で専門用語をクリアするという2つ目の賭けにも、見事勝利しています。

クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、俳優活動を一時中断していたライアン・ゴスリング、制作サイドでもあるブラッド・ピットを核としたキャラクターは誰もが予想しなかった投資で巨額の富を手に入れるにも関わらず、ライアンを除いたそれぞれの横顔は虚ろで険しい。金融危機で家や仕事を失った人々に配慮したのか、今作品では「世紀の大逆転」の勝者をヒーローとして祭り上げなかった。監督の賭けは、ここでも的中し作品に重厚感を加える。映画で使われた「パーク・アベニューに、聖人なんていないわ」という言葉が、頭をよぎります。

ドラムを叩くクリスチャン・ベール、膝に重傷を負っていたためドクター2人に見守られて撮影を敢行。

(出所:benson music)

NY好きにはたまらない細かな演出も、忘れません。風が舞うストリートに落ちているナイロン袋はNY発祥の大型ドラッグストア、デュアン・リードのもの。東京でマツモトキヨシの黄色を見掛けた時のような気分にさせてくれます。スティーブ・カレル演じるマーク・バウムとイエローキャブを取り合う通りすがりの男性には、元プロテニス選手のジョン・マッケンローらしき人物を使っていました。アダム・サンドラー作品の常連とも言えNYを舞台にした作品に登場しがちな彼なのか定かではありませんが、ドアを叩く手はまるでラケット捌きを彷彿とさせていたのが印象的です。

ガレージで投資会社を設立した若きチャーリーとジェイミーがJPモルガンを訪問した場所も、ニヤリとさせます。試写会で一度見た限りでは、メットライフ・ビルっぽいんですよね。メットライフ・ビルには、英銀バークレイズが一部のオフィスを構える。バークレイズと言えば、リーマン・ブラザーズ破綻後に米国部門を吸収したことが思い出されます。

映画のおかげで金融危機以前の動向を探っていたら、興味深い事実が浮かび上がってきました。

・2006年1月、18年半を経てグリーンスパンFRB議長、退任
・2006年3月、シティグループで約20年にわたって会長を務めJPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOの師でもあるサンディ・ワイル氏が引退
・2006年5月、スノー米財務長官が辞任、後任はゴールドマン・サックスのハンク・ポールソン元会長兼CEO

リーマン・ショックは、時代の変わり目に起こるべくして起こった未曾有の危機だったことが分かります。

個人的には、中国アピールに乏しかった点が興味深い。「007/スカイフォール」、「オデッセイ」、「ゼロ・グラビティ」、「トランスフォーマーズ/ロストエイジ」など枚挙に暇がないほど中国を意識した作風が目立つなかで、今作品はクオンツ・アナリストやシンセティックCDOを組成した人物で描いただけでした。逆に「NOBU」が象徴的に登場し、東京での作品関係者いわくBGMには徳永英明の「最後のいいわけ」をさりげなく流すほど憎い演出を用意していたんですよね。しかも歌詞までシーンにマッチしていたというから、驚愕です。さらに、三菱東京UFJ銀行がモルガン・スタンレーに資金注入したとのテロップまで流していました。モルガン・スタンレーと言えば、中国投資有限責任公司からの約50億ドルの資本注入を受けていたんですけどね。あえて中国寄りに仕上げなかった賭けは、吉と出るか凶と出るのか。

米国の2015年4-6月期の住宅保有率は63.4%と、1967年以来の最低を更新しました。大きな理由のひとつこそ、サブプライム危機でしょう。ミレニアル世代は親があるいは世間の人々が仕事や家を失った姿をその目で見て来ました。サブプライム危機以降、雇用は順調に回復してきたものの賃金の伸びは金融危機前の水準を回復せず。平均3万5000ドル超(約400万円)と学生ローンを抱えた新社会人をはじめ、マイホームは夢のまた夢。こうした状況がトランプ現象やサンダース・ブームの火を点けた、と考えるのは当たらずとも遠からずでしょう。今のアメリカを理解する上でも、今作品は必見です。

(カバー写真:MOVIEPILOT)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年2月17日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。