マイナス金利は経済の大転換期を象徴 --- 中村 仁

新しい経済思想が必要に


マイナス金利という未経験の時代に入り、資金の流れがどう変わるか、為替や株価の先行きはどうなるかなどのニュースが連日、報道されています。これまでの延長線上に経済社会がある、との前提で多くの予測がなされています。そんなことより、これまでの延長線はすでに断絶していることに気づくべきです。

経済社会は大きな転換期に入っており、これまでの延長線が切れてしまい、不連続か、もうつながることのない非連続の時代に入っているように思います。マイナス金利はそのことの象徴でしょうね。目先のあれこれより、重大な変化が起きていることを察知する時でしょう。

マイナス金利をめぐる議論で、印象的な指摘がなされています。「マイナス金利を前提にしていないこれまでの予測モデルでは、日本経済への影響を算定できない」。「これまでの伝統的な枠組みを超えた考え方で、現在、進行している動きを見つめ直す必要がある」などです。

おカネをめぐる深刻な異変


おカネ(たとえば円)は価値の尺度であり、決済手段であり、価値の貯蔵手段であり、金融システムがそれを仲介してきました。おカネの意義がマイナス金利、ゼロ金利ですっかり変わってしまいました。おカネの価値はマイナス金利のもとで減ってしまうので、価値を計る手段ではなくなりつつあります。黙っていても価値が減ってしまうので、こんなことが続くなら貯蔵手段でもなくなってしまいます。おカネをめぐる深刻な異変です。

今朝の新聞の経済記事で、「市場機能の低下」、「短期市場の死」という表現を見かけました。市場経済の時代なのに、大げさにいえば、日銀を含めた中央銀行が「市場」を死に追いやっているのです。マイナス金利で取引した場合、事後にわざわざ手でデータを入力しているケースもあるといいます。

通貨危機のような緊急事態での短期決戦ならともかく、黒田総裁は「デフレ脱却のためにはできることはなんでもやる」といっています。少なくとも日本では、マイナス金利の異常事態は長引くでしょう。黒田総裁だけを責めてもしょうがないのかもしれません。非連続の時代に入り、黒田総裁もまた、その上で踊らされているのです。

ゼロかマイナスの行進


日本の潜在成長率はゼロまで落ちています。実際に昨年第4四半期の成長率はマイナスです。消費者物価上昇率も1%に届くかどうか。「中心的な経済指標のゼロかマイナスの行進」は金融政策が間違っていて、こうなったのではないのです。成長重視が難しくなった時代に入ったのに、金融政策で打開しようとして無理なことを続けていることが間違いなのです。

人口減少という足かせ、温暖化ガスの削減という成長制約、必需的な消費財の充足など、経済成長に立ちふさがる壁は多いのです。技術進歩の結果、多くの国は需要をしのぐ生産力を作り出すことできるようになり、慢性的な供給過剰が経済停滞の原因となっています。主要国は成長戦略によって、これらの障害を乗り越えることができるような幻想を与えてはなりません。

特に日本は、成長経済の限界と暮らしの調和を図るモデルにならなければなりません。これでは票につながりませんから、従来からの延長線上で「GDP600兆円目標」、「名目3%成長」だのを掲げて政権を維持しようとするのです。GDPや物価上昇率で経済、景気の良し悪しをいつまで計り続けるつもりでしょうか。

成長の限界と折り合いをつける


すでにいくつかの分野で、もう後戻りできないところまで、日本はきています。安倍政権は財政再建を経済目標に掲げています。赤字の増大のペースを落とすことができても、1000兆円もの長期国債の償還は絶望的です。日銀の購入した長期国債はどんどん積み上がっており、どうやって出口(償還開始)にたどりつくつもりなのでしょうか。ここまできてしまったら、財政、金融を正常化するのは至難です。

無理なのに、いかにも出来そうな計画を掲げて見せる時代になりました。無理なら無理で、それとどう折り合いをつけていくかの経済戦略を立てることが必要です。一部の新興国はかなりの経済成長ができても、日欧は成長率を引き上げていくことは難しいでしょう。成長の限界とどのように折り合っていくかです。

だいたい成長率の測定そのものが難しくなっています。技術進歩、デジタル経済化に、物価統計もGDP統計も追いついていないといわれます。価格が下がっても効用(満足度)は上がっている分野も多いことでしょう。効用と価格に断絶が起きているのです。それなのに時代遅れになった物差しを使うものだから、景気が悪いと錯覚し、無駄な景気対策をやっているかもしれない面もあるのです。ある経済コラムによると、米国の著名な経済学者が「実質成長率は過小評価されている」と指摘しています。

成長率を的確に測定する考え方、成長率より雇用の安定の重視、格差の縮小と社会的分配のあり方、環境保護の価値を尊重する社会システム、実体経済との乖離が広がるマネー経済の抑制など、新しい経済思想を育てていくことが大切です。成長を続けないと、国家が倒れてしまうかのように考える経済思想は、経済の悪化を招くだけでしょう。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。