“空を飛ぶ法王”と呼ばれ、在位中、世界を駆け巡った故ヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)は生前、母国のポーランド出身で米国居住の哲学者である既婚女性と懇意な関係であった。それを裏付ける法王と女性の間で交わされた343通の書簡と多数の写真が見つかったというニュースが飛び込んできた。
▲故ヨハネ・パウロ2世とアナ・テレサ(ARTE放送から)
英BBC放送は15日、独仏の文化放送ARTEは16日、約1時間のドキュメンタリー番組「聖人の私的書簡」というタイトルの番組を流し、そこで故ヨハネ・パウロ2世と女性との間で交わされた書簡内容を紹介し、両者の関係を追っている。
▲故ヨハネ・パウロ2世とアナ・テレサとの間の書簡(ARTE放送から)
故ヨハネ・パウロ2世は1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された。選出当時58歳と20世紀最年少の法王だった。冷戦時代の終焉に貢献し、その行動的なローマ法王は時代の寵児となった。旧西独のシュミット首相(当時)は「彼となら話ができる」と語ったといわれている。故ヨハネ・パウロ2世は死後9年目、歴代最短の列聖審査を経て、2014年4月27日、故ヨハネ23世(在位1958年10月~63年6月)と共に列聖されたばかりだ。
哲学者の女性はアナ・テレサ・ティミエニエツカ女史(Anna Teresa Tymieniecka)だ。ポーランド・フランス系貴族の家庭で生まれた。哲学を研究するために米国に渡り、そこでハーバート大学の経済学教授と結婚し、3人の子供を産んだ。
彼女は1973年、ポーランドのクラクフ時代のカロル・ジョセフ・ヴォイティワ大司教(ヨハネ・パウロ2世)と初めて知り合っている。その契機は彼女が同2世の著書の英語訳を申し出たことだ。両者はその後、ヨハネ・パウロ2世が死去するまで定期的に会い、書簡を交換している。
法王とアナ・テレサの交流は32年間に及ぶ。法王に就任直後、バチカン法王庁の圧力もあって両者の信頼関係が一時崩れたが、法王が1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャの銃撃を受け、大負傷を負った時、アナ・テレサは米国から駆けつけ見舞っている。その後、両者の信頼関係は回復。彼女は何度もバチカンを訪問し、法王と会っている。
両者の関係は神学者と哲学者のアカデミックな交流から次第に個人的な交流へと発展していった。米ジャーナリストのカール・バーンシュタイン氏は1996年、アナ・テレサとインタビューし、「ヨハネ・パウロ2世との関係」について質問した時、彼女は「馬鹿げた質問だ」と一蹴したが、彼女と法王との間の書簡内容からみれば、「両者間に感情的なつながりがあった」と受け取ったとしても不思議ではない。
両者間の書簡を読んだポーランド出身の歴史学者オイゲン・キスルク氏は、「法王と彼女は愛し合っていたと思う」と番組の中で述べている。クラクフ時代、法王(当時クラクフ大司教)は彼女を避暑地に招待する書簡の中で、「そこでは誰もわれわれを妨害するものはいない」と書いている。
バチカン法王庁はBBCの内容に対し、「BBCが報じた内容は新しいものではない。故ヨハネ・パウロ2世は生前、多くの男性や女性と親密な関係を持っていたからだ」と述べ、元法王と既婚女性との恋愛説を否定している(バチカン放送独語版16日)。
なお、ヨハネ・パウロ2世は亡くなる数カ月前、彼女に宛てた書簡の中で「また会おう」と記し、最後に「KW」のイニシャルで結んでいる。「KW」はヨハネ・パウロ2世の本名のイニシャルだ。クラクフ時代の彼女との交流を懐かしく思い出し、彼女宛ての最後の書簡に法王名ではなく、「KW」という本名のイニシャルで結んだのではないか。
アナ・テレサはヨハネ・パウロ2世死後9年後の2014年6月、91歳で亡くなった。アナ・テレサは生前、「ヨハネ・パウロ2世の歩みには私との交流の足跡が見られる」と指摘、彼女の哲学的思考がヨハネ・パウロ2世の在位27年間の言動に影響を与えたと述べている(彼女の哲学分野はエトムント・フッサールの現象学)。
聖職者に課せられた独身制で最も辛いことは、「自分は誰も愛さず、誰からも愛を受けない、という深い孤独感だ」ということを聞いたことがある。故ヨハネ・パウロ2世は1人の男性として女性を愛し、その女性から愛されたいと願っていたのではないか。そうだったとしても、同2世への評価が落ちることはないはずだ。
蛇足だが、バチカンが故ヨハネ・パウロ2世の列聖審査を早めた背景には、アナ・テレサとの交流が明らかになり、同2世の聖人の道が閉ざされる恐れがあったからではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年2月19日の記事を転載させていただきました(編集部でタイトル改稿)。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。