名探偵シャーロックの未解決事件 --- 長谷川 良

シャーロック・ホームズは誰も解決できない難事件をその飛び抜けた知性と論理的思考を駆使して次々と解決していく。彼自身も「自分は誰よりも知的だ」と自負している。ニューヨーク市警察(NYPD)のボス、グレックソン警部は、「彼は我々が分からなかった難事件を素早く解決する。その検挙率はどの同僚たちよりも上回っている」と証言する。

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▲米CBS放送の「エレメンタリ―」

シャーロック・ホームズは裁判所の家宅捜査許可なく容疑者宅に侵入し、容疑者の携帯電話を密かに盗み出し、そのデータを分析する一方、近代的なDNA分析や解剖学の知識、IT技術を駆使し、マインドパレスを操り、謎に迫る。彼の捜査方法は正常なやり方から逸脱している面もあるが、他の同僚は彼が優れた捜査能力を有していることを認めざるを得ない。事件解決の実績が飛び抜けているからだ。

彼の唯一の弱点は麻薬に溺れた過去だ。しかし、元外科医ワトソンがシャーロック・ホームズの麻薬監視役として同居してからは1年以上クリーンを保つ。シャーロックには友達はいない、それは自他とともに認めている。ワトソンはあくまでも事件解決のためのパートナーだ。そのワトソンからシャーロックは次第に人間に対して新しい理解を深めていく。

ワトソンはシャーロックの知的な捜査に脱帽する一方、彼にも過去、解決できなかった事件があったことを知る。シャーロックは木箱を持ち出し、「この中に自分が解決できなかった事件の資料、ファイルがある。関心があれば読んでみたらいい」という。

このシャーロック・ホームズは英BBC放送の「SHERLOCK」(べネディクト・カンバーバッチ主演)ではなく、米CBS放送のシャーロック・ホームズ(ジョニー・リー・ミラー主演)だ。タイトルは「エレメンタリ―」(Elementary)で、舞台は英ロンドンではなく、米国ニューヨークだ。

当方は後者のシャーロックが好きだ、前者は演劇的な手法を駆使した展開だが、後者の場合、相棒のワトソンは元外科医の女性として登場し、シャーロック自身は原書の作家コナン・ドイルが描いたシャーロック・ホームズの性格、一種の狂気などを体現した人物として描かれている。

当方は目下、あの知的でインテリを自負する探偵シャーロック・ホームズが解決できなかった事件のファイルが詰まっている箱の中を覗きたいと考えている。シャーロックの飛び抜けた知性でも解決できなかった事件とはどのようなものだったのか。その中から、知的・論理的思考の限界、欠陥に出くわすかもしれないと考えているからだ。

シャーロックが自ら未解決事件のファイルをワトソンに見せたという事実は、彼も自ら見逃した新しい事件の解決の鍵をひょっとしたらワトソンから得られるのではないかと期待しているからではないか。これが当方の推測だ。
(BBCのシャーロックの場合、ワトソンがシャーロックが解決できなかった事件をブログで紹介しようとした時、シャーロックは、「なぜそんなことを書くのか」と追及、ワトソンが、「シャーロックも一人の人間だと読者が理解できるためだ」と説明すると、シャーロックは侮辱されたと感じ、不快な顔をする)。

人間の心には、知・情・意の3つの機能がある、ある人は知的であり、ある人は情的であったりする。心の3機能が秩序良く発展すれば理想的だが、実際は3機能の一つが飛び抜けて発展する一方、他の部分が遅れているといった人が少なくない。

21世紀は知性を重視する時代かもしれないが、シャーロックの未解決事件のファイルが詰め込まれた木箱はわれわれに、知性だけでは十分でないと語り掛けているように思えるのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年3月3日の記事を転載させていただきました(編集部でタイトル改稿)。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。