保育に困らない横浜市民という特権

伊東 良平

予めお伝えしておくが、本稿は専門家としての論考でもなく、ジャーナリストの取材に基づく記事でもない。横浜市内の株式会社経営の保育所に子供を通わせている親の、一つの体感談である。待機児童ゼロ、を一時的にも達成した巨大自治体に住む、有子市民の地元礼賛記事だ。

横浜市の公表によると、平成27年4月時点の市内の就学前児童数が187,595人。うち保育所等利用申請者数は57,526人で、待機児童はたったの8人ということらしい。もっとも横浜市の場合、保育所“等”の中に、幼保連携型認定こども園、地域型保育(家庭的保育、小規模保育、事業所内保育)利用者が含まれており、保育所“等”の利用者が54,992人、「保留児童数」(親が希望通りの保育所等を利用できていない子供の数)が2,534人となっている。昨年10月時点では待機児童数は292人と増加はしているが、それでも率としては小さなものである。

筆者の妻が出産を控えた5年ほど前には、いま東京都内で騒がれているような保育所の待機児童問題を横浜市でも抱えており、子供が生まれてから保育をどうしようか悩んでいたが、結果として生まれてからは希望する保育所にすんなり入ることができた。さらにその後5年の間に、近所に保育所が何軒も新設され、一部では保育所の入所者が定員を下回り「空き」が生じている。現市長は1期目で公約を達成したことになる。

横浜市で待機児童が減った理由は様々であるが、保育所“等”の整備に大胆な政策を打ったことが大きい。例えば次のようなものがある。

保育所のあるビルやマンションを建てる際に、容積率を緩和する。

認可外の保育所にも補助をする代わりに、監督を強化する。

幼稚園に夜まで子供を預けられるようにし、幼稚園を保育所化する。

もちろん、制度を作り保育所“等”を増やすだけでは、政策として効果はない。筆者は公共施設マネジメントに関わった経験から知っていることであるが、保育所の運営には、人件費を含め園児1人当り200万円近い経費がかかっている。これを保護者からの保育料で賄うことは到底不可能で、保育所の運営には多額の財政負担が求められる。

平成26年度の横浜市の決算をみると、保育所等の整備や私立幼稚園の預かり保育の充実など(3,756人分の受入増)で下記の財政支出を行っている:
・保育所や幼保連携型認定こども園の整備等:39億8,100万円
・私立幼稚園の預かり保育の実施支援、幼稚園型認定こども園への移行の整備支援:16 億6300 万円
・3歳未満の児童を保育する小規模保育事業の整備、「家庭保育福祉員」やNPO法人等が運営する「家庭的保育事業」に助成:12億9,200万円
・保育士の確保を図る保育士・保育所支援センターを運営。保育士等の給与改善の助成、保育士用借り上げ宿舎にかかる経費の一部を補助、保育士資格を有しない従事者への資格取得の支援、保育所等職員の研修を支援:15億1,400万円
・私立幼稚園に通う園児の保護者への保育料一部補助。生活保護世帯及び多子世帯の負担軽減:70億4,000万円
・NPO法人などの市民活動団体が、マンションの一室や商店街での「親と子のつどいの広場」の整備:2億8,000万円

など、合計で158億円近くの助成を行っているが、国や県が補助金として支援している額はこれを大きく超える。保育に掛かる金は、親からの税金でも賄えない多額のものであり、保育所の利用は子供のいない市民からの税金による扶助があって初めて成り立つ。

保育所の運営経費が園児1人当り200万円と言っても、小中学校の運営には、教員の人件費や施設の維持費を含め、生徒1人当り100万円以上はかかる。その経費は子供のいない納税者からの税金でも支えられている。社会で子供を育てるということは、そもそもそういうものであり、筆者も子供のいない頃に払った税金が、子供のいる世帯のために使われていたことを不当だとは思っていない。自分自身も税金による支えがあって義務教育やその他の教育を受けられてきたし、親の負担だけで育つことができたとは思っていないからだ。

ところで、このように横浜市は待機児童ゼロを一時的には達成したものの、「子育て世代のみなさんは是非横浜市民になってください」とPRすることはない。なぜなら、子育て世代が増えればそれだけ待機児童率の分母が増え、ますます政策の達成が困難になってしまう。あるいは、政策実現のために財政負担が増し、市の財政がパンクしてしまう。子供の保育に困らないのは横浜市民としての“特権”であり、子育て世代が保育を理由に横浜市に引っ越されても困る。横浜市は保育を福祉とは捉えておらず、子育て世代からの住民税の税収、住宅を持つことによる固定資産税の税収や、子育て世代の地元での消費に伴う地域活性化、それによる法人事業税の税収確保など、保育を都市政策全体の一部として捉えている。したがって、横浜市は単純に子育て世代に市民になってほしいとは考えていないし、住民になるからには相応の負担と分担を市民にも求める。

また、横浜市で保育所“等”の充実が図られたのは、法令上“保育所”でないものを事実上保育所化するなど、国の法令や制度の隙間をくぐって実施した様々な“脱法政策”の成果である。国は決して「横浜市を見習え」とは言えないし、横浜市も他の自治体に自分達を参考にするように勧めない。横浜市は元来、国の意向を無視して独自に政策を打つことを誇りにしている。1970年代、横浜市の宅地開発要綱の制定に係った企画調整局長の田村明氏が、当時の建設省の宅地部長から「横浜市はいつから独立国になったのかね」と言われたらしい。いま同じようなことを国から言われたら、「横浜市はいつから国の下請けになったのですか?」と言ってやれ。

なお、筆者が子供を通わせている保育所は、株式会社経営で、ビルの2階にある庭のない認可保育所であるが、環境が劣悪だとか、サービスが悪いなどと思ったことはない。前述の通り、民間企業が独立採算で完結して保育所を運営することは困難だが、公営や社会福祉法人による経営でないとならないとする考えは、何を根拠にしているのだろうか。

有子 横浜市民
伊東 良平

参考:平成27年4月1日現在の横浜市内の保育所数の経営主体別の内訳: