なぜ情報機関の連携が難しいか

長谷川 良

ベルギーの首都ブリュッセルで22日、ザベンテム国際空港と地下鉄のマルベーク駅で爆弾テロが発生し、31人が犠牲となり、270人以上が負傷した。ブリュッセル市は欧州連合(EU)の本部があり、欧州の主要機関が集中している都市だ。そこでイスラム系過激テロリストが自爆テロを行った。


▲米国家安全保障局(NSA)本部(NSA本部のHPから)

欧州のメディアではベルギー当局のテロ対策の不十分さと共に、情報機関の連携の悪さを批判する声が聞かれる。イスラム教過激派テロ組織対策では情報機関が提供するテロリストの動向はテロ防止に不可欠だが、自国の情報機関が入手した極秘情報を他国の情報機関に提供する国は案外少ないという現実が浮かび上がってくる。

EU委員会移民・内務・市民権担当のディミトリオス・アヴラモプロス委員は先日、「昨年11月の“パリ同時テロ”後、われわれが決定した事項を完全に履行していたら、今回の“ブリュッセル同時テロ”でも効果的な対応が出来ただろう」という。

何のことかといえば、加盟国のテロ関連情報の交換だ。同委員によると、「ブリュッセル同時テロ」の自爆テロリストは2、3の加盟国では既に良く知られた過激派だったのだ。

EUは1月25日、オランダ・ハーグの欧州警察機構(ユーロポール)に、加盟国が保有するテロリスト情報の共有化を進める新たな組織「欧州テロリスト対策センター」を発足させた。「パリ同時テロ」「ブリュッセル同時テロ」事件はテロリストの情報連携が急務であることを示している。その意味で対策センターの発足は重要なステップだが、肝心の情報機関の情報提供は進んでいないのだ。

ちなみに、昨年の欧州内相理事会で決定した情報機関のテロ情報の提供を実施した加盟国は28カ国中、5カ国に過ぎないという。加盟国には「テロ情報、データの管轄は加盟国に属し、主権国家の管轄権だ」という認識が強い。だから、対テロ情報、データをハーグのユーロポールに送信する加盟国は少ないのだ。アヴラモプロスEU委員はEU版情報機関の設置を主張しているが、加盟国には強い抵抗があって現時点では実現の見通しはない。

当方は1990年代から2000年代初めにかけ、欧州の北朝鮮動向を取材していた時、2、3の西側情報機関の関係者と交流したことがある。オーストリア内務省の知人は当時、「フランスは国際機関を通じて北の情報を他の欧州諸国より多く有している。金正男氏がパリを訪問した時、フランス情報機関は24時間マークしていた。北とフランス両国関係はかなり深い。故金日成主席がリヨン大学附属病院の心臓外科医によって心臓バイパスの手術を受けたのも偶然ではない」と説明したうえで、「残念だが、フランス情報機関は優秀だが、対北情報で他国の情報機関と連携しない」と嘆いていたのを思い出す。

EUは人、物などの自由な移動を目指しているが、昨年の難民・移民の殺到はEUの連帯を弱め、加盟国の民族主義、国益最優先の傾向が主導権を握ってきた。メルケル独首相が難民の公平な受け入れを加盟国に求めても、それに応じた加盟国はほとんどない。これがEUの現実だ。テロ対策といえ、機密情報の共有はかなりハードルが高い課題であることは間違いないだろう。

最後に、情報機関の連帯の実例を紹介する。このコラム欄でも数回紹介済みだが、ドイツは米国家安全保障局(NSA)との情報交換の恩恵を受け、これまで、テロを事前に防止してきた経緯がある。独週刊誌シュピーゲル誌(2013年6月17日号)は、「イスラム過激派が2006年、ドイツ国内で大規模なテロを計画していたが、NSAから関連情報を事前に入手した独連邦情報局(BND)はテロ容疑者を拘束し、テロを未然に防止したことがある」と紹介し、NSAとBNDの両国情報機関の連携ぶりを報じているほどだ。

NSAがメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚し、米独関係が一時険悪化したことがあったが、両国の情報機関の連携は継続されてきた。テロ対策で米独両国の国益が一致するからだ(「米国がスパイ活動する尤もな理由」2014年7月13日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。