中国メガバブル経済が崩壊する必然的理由

新興国経済の行き詰まり

2016年5月3日、欧州中央銀行(ECB)は、新興国経済の弱体化の背景には根深い構造的な問題があるため、長期化する恐れがあるとの認識を示しました。国際通貨基金(IMF)の報告によると、新興国経済は世界的な経済成長の70%を担っているものの、2015年には成長率は5年連続で鈍化しています。失速の要因として生産性の低下、投資の減退、対外債務の増大、資金調達条件のひっ迫化、人口動態の悪化などを指摘。「こうした問題の一部は短期間で克服できない公算が大きい」とし、特に投資減退やインフラをめぐる問題などは予想よりも深刻である可能性があるとしました。

国が成長するには、資本とノウハウの蓄積が必要です。日本も、産業革命以降100年スパンの長い時間をかけて、軽工業から、重工業、サービス業と一歩づつ階段を上っていきました。資本は国境を超えられなかったのです。

中国経済の変調

ところが、IT革命と資本の自由化で、資本とノウハウが簡単に国境を飛び越えて世界を行き来できるようになり、中国が世界の工場として飛躍的な成長を遂げます。しかし、内国資本と違って、外国資本は簡単にやって来るとともに、リスクに敏感で逃げ足も早くなります。

5月3日のロイターは、「中国国家統計局、データ不正提供の疑いで統計発表を中止」を報じました。原油や金属に関するもので、第1・四半期の統計はまだ発表されておらず、石炭や鉄鉱、電気に関する地方のデータも、年初から公表されていません。数百人の国家統計局職員が公式データを私利のために利用しているため、発表を中止したと言いますが、理解しがたい説明です。

いわゆる「李克強指数」についても、2015年通年の鉄道貨物輸送量と電力消費量の未発表の状態が続いています。

出典:世界経済のネタ帳

中国のGDPは2009年に日本を驚異的なスピードで抜き去り世界2位となりました。2015年の中国のGDPは10.9兆ドル、日本は4.1兆ドルと倍以上の開きがありますが、中国のGDPにおける投資の比率は約50%、日本は20%です(下表)。もし投資の中身が不良債権ならばGDPの大きさを比較することに意味がありません。

 

確かに2000年代前半は、道路や鉄道などの公共投資、工場などの設備投資や住宅投資は有効に機能していました。そのようなインフラがさらなる成長の原動力となり、経済が好循環で伸びていきました。しかし2008年のリーマンショックを境に様相は一変します。ムダな高速道路に、乗客のいない新幹線、だれも住まない家、鉄鋼や造船などの過剰設備、刹那のGDPの値を膨らませるために有効性が考慮されない設備投資がなされていきます。

さて、足下2016年、中国景気が幾分戻ってきたといいますが、私は、また有効でない設備投資を積み上げて「有効」需要を増やしているだけではないかと考えています。今度は太陽光発電所や電気自動車を国を挙げて生産・消費しています。(拙稿「「官製グリーン経済」に賭けるしかない中国の憂鬱」)しかし、もしそれらが不良資産化したら、事態を先送りするどかろか、不良債権の風船はますます膨らみ、破裂した時の衝撃度が大きくなるばかりです。

膨れ上がるバブル=不良債権

では、その根本的な原因はどこにあるかというと、中国が5カ年計画という計画経済的指向で資本主義を廻していることです。そこでは、欧米や日本のような価格シグナルは無視されがちです。加えて、共産党主席の任期が10年の期間限定であることです。むしろ、長期独裁していたほうが、投資の結果責任を本人が負うのですが、10年だとどうしても、終わりが見えるので、とりあえずの投資でGDPをかさ上げするといういわば粉飾決算をしてその場を凌ぐインセンティブが発生してしまいます。だから、どうしても「とりあえず任期中にバブルが崩壊しなければいい」という先送り思考に陥り、バブルは膨らむばかりになります。

日本のそれのように、市場が機能していれば、致命的に成る前に市場が神の見えざる手でバブルを崩壊させてくれる(山一証券や長銀、リーマンブラザーズは市場が破綻させた)のですが、市場が機能せず、統計も外に出さなくていいということになれば、致命的なポイントを過ぎてもバブルは膨らませることができるのです。そして、いよいよ投資する資金を調達できなくなった時に、国家社会が運営できなくなるほどの最悪の形で経済バブルが崩壊するのです。それは恐らくソビエト連邦崩壊よりも各段に大きなショックになるでしょう。

中国の宿命

鄧小平が1978年に日中平和友好条約を結んで来日、新幹線に乗車しその技術の高さを資本主義経済の力に圧倒され、「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という名言とともに改革開放路線を進めたことが中国経済成長の出発点となりました。国家独裁体制を敷きつつ、資本主義経済を導入するというのは中国に限ったことではなく、韓国・ベトナムをはじめ多くの国が開発独裁で成功を収めます。日本だって、明治維新の頃、そして第二次世界大戦後の傾斜生産の頃はその色合いがありました。

ただ、成功を収めた国は、必ずどこかのタイミングで政治体制において民主化が進んでいます。あるポイントで、独裁者から市場に委ねないと、経済はそれ以上発展しないのです。中国にとっては、1989年の天安門事件がその機会であったのかもしれません。結果的に権力の国家から市場への移行は果たせませんでした。にもかかわらず、その後2008年までの20年は、独裁と市場経済がうまく進みました。しかし、それは中国自身の実力というよりは、IT革命と資本の自由化というグローバリゼーションという外部要因によるものでした。

でももう限界です。グローバル経済の終焉とともに、中国のラッキータイムはもう終わりです。さらに、賭けを続けても負けは膨らむだけです。でも、賭け続けるしかないラットゲームです。加速度的に賭け金が膨らみ、不良債権が膨らみ、賭けるお金(外貨準備)が無くなったところで試合終了です。

日本国民にとっても決して対岸の火事ではありません。その臨界日に備えて、周到な生き残りの準備を進める必要に迫られています。恐らくもうそんなに多くの時間は残されていないでしょう。

Nick Sakai  ブログ ツイッター