IoTの旗手としての自動車

松本 徹三

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先回の記事で「IoTは言われている程大したものではない」と申し上げたが、自動車については相当なインパクトがある事は否めないので、今回の記事でカバーしたい。

自動運転を語る前にやるべき事

今大いに語られているのは「自動運転」の事だが、ここに至るまでには、まだまだ「やるべき事」「もっと簡単にやれる事」が山積している。あらゆるところを走り周り、歩行者と同じスペースを分け合う自動車に「自動運転」を導入するのは相当ハードルが高い。予測が難しい事が山程あるし、一度でも事故を起こせば、袋叩きにあって、計画はたちまち頓挫するだろう。

その前に、そのそも「軌道を走る鉄道」等は完全無人化されていなければおかしい。現実に東京の「ゆりかもめ」等は問題なく自動運転が継続されている。また、「どんな自動車でも高速道路に入って『自動運転専用レーン』を選択すると、そのレーンにとどまる限りは『自動運転モード』に入る事ができるようにする」というのも、はるかにハードルが低いと思う。特に高速バスや長距離トラックの場合は、こうすれば運転手の負担を大幅に軽減出来、疲労や居眠りによる事故も撲滅できる。

「通信システムの高度化とコストダウンの為には国ができる事が多い」という事は前回の記事で書いたが、上に述べたような仕事も、国が主導すれば、開発が大幅に促進されるだろう。

グーグルという会社は、思い切って高い目標を掲げてそれに邁進する会社として知られているが、驚くほど大胆な構想が次々に出てくるのは、その根源的な企業文化によるものだと思う。聞くところによると、グーグルの社内には「天国チーム」と「地獄チーム」があるらしい。「天国チーム」は、傍目もふらず、とにかく「我々(人類)が持つべきもの」を創り出し、「地獄チーム」がこれを「会社の収益になるビジネス」にするという事になっている由だ。

これは、「検索と広告の連動」に一歩早く取り組み、これによって自動的に安定収入が得られる体制を確立したグーグルだからこそできる事だ。彼等がこういう事をやってくれるのは、我々(人類)にとっては福音だが、普通の人達はこの真似はすべきではない。およそ新しいシステムを開発する時には、常にコストとユーザーメリットを秤にかけて、最低限「長期的に採算の取れるもの」に的を絞るべきだ。また、現在の諸規制が撤廃され得るかどうかも、その難易度を事前に十分チェックするのが当然だ。

国が真っ先にやるべき「運行情報の一元管理」

私は以前から「日本中を走っている車のすべての状況が『国の統合管理センター』で一元的に把握出来る様にすべきだと思ってきた。これが可能になればそのメリットは極めて大きいのに、何故その議論がなされていないのかを何時も疑問に思っていた。技術的なハードルは極めて低いし、殆どの日本人が持っている携帯電話では既にそういう状態になっているのに、車がそうなっていないのは何故か?

私には、その理由は「単純にIoTという概念が市民権を得ていなかったから」だったとしか思えない。だからIoTという言葉がブームになってきた昨今は、この問題を真剣に議論すべき好機だと思っている。

車載システムは極めて安価に出来る。すべての計器類への出力を一定基準で仕分けして、その一部を計器に入る直前で枝分かれさせ、GPSによる位置情報と一緒に、無線(LTE回線が最適と思う)でセンター施設に送出するだけでよいからだ。

車内用のWiFiのアクセスポイントもこの無線装置に繋ぎ込んでおけば、同じLTE回線を運転者や乗客がインターネットで外部と交信するのにも使える。現在は運転者や乗客の携帯端末からの直接交信になっているので、周波数のロスが極めて大きいが、車載機の場合はスペースを気にすることなく高度なアンテナが搭載できるし、アンテナを外部に露出させれば、ガラス窓を透過する事によるロスもなくなるので、この問題が大幅に改善できる。

アンテナを外部に露出させるといっても、殆ど目立たない形にすべきは当然だし、全く問題なく出来る。実用段階では、今回掲載したグーグルの試験車のルーフに載っている様な大仰なものにはならないので、ご心配なく。

日本中を走行する一定上の排気量を持った自動車の全てに、これを搭載する事を義務付ける為には、「車検」の要件としてこれを入れておくだけでよい。こうすれば、日本中の全ての車の状況がリアルタイムで把握できるので、交通事故や交通渋滞の状況も一目瞭然となり、中央施設に設置されたコンピューターが最適の迂回路を瞬時に割り出して、走行中の車をリアルタイムでそちらに誘導する事も出来る様になる。これによって節減できる燃費の節約や生産性の向上は馬鹿にならないだろう。

そもそも、本気でこれをやれば、交通法規違反は極めて安いコストで根絶できる。スピード違反は自動的に検知されるから、一定値を超えたスピードの検知が一定時間続けば、自動的に警告を発し、これが無視された場合は自動的に違反切符を切ればよい。全国に配備されている白バイやパトカーの要員数は劇的に低減できる。

スピード違反がなくても、車線のはみ出しや蛇行などの異常な運転を検知すれば、同様に警告を発することにより、居眠り運転の防止などにも役立たせる事が出来る。また、異常な運行状態は、車のメンテの不備による事も多いだろうから、先手を打った整備により、事故を未然に防ぐ事も出来る。

プライバシーの保護はどうなるのか?

こういう話をすると、必ずプライバシーの保護を盾に反対する人がいるが、考えてみるとこれはおかしい。現代の社会においては、自分の行動は基本的に誰かに知られているのだ。防犯カメラは至る所にあるし、携帯電話の通話記録も把握されている。そもそも、あなたの配偶者があなたの行動に不審を抱いて探偵社にあなたの尾行を依頼すれば、あなたのプライバシーなどは簡単に丸裸にされるし、これは合法的な行為として認められている。

問題は、そうして把握されたプライベートな情報が、法規違反の摘発や犯罪捜査、及びそれに関連するもの以外の目的に使われる事を禁じる仕組みをきちんと作っておく必要があるという事に尽きる。携帯電話では既にこの実績があるので、それを踏襲するだけで事足りる。

具体的に言えば、通常はこのシステムは、車両の所有者や運転者を特定する事なく、自動的に情報処理を行う仕組みにしておけばよい。警告が無視されて交通違反が確定するか、或いは何等かの犯罪との関係が疑われるとか、車両の緊急修理が必要と判断されるとかに至った時のみに、初めて「車両の所有者或いは運転者の特定」を行うように設定しておけばよいのである。それでも心配なら、このシステムの運営・管理の状況については定期的に監査を入れて、悪用がなされていないかをチェックする事を法制化すればよい。

昔からの惰性で左翼的な活動を続けている人達等は、何かというと「国家権力による監視」等という大時代的な言葉を使うが、マルクスの著作を読んでいるだけで「潜在的思想犯」と見做されて尾行された戦前・戦中の日本とは違い、現在の日本では、犯罪準備の匂いがしない限りは、警察には一般人の日常の行動を監視する様な暇は全くないから、そんな非現実的な心配はしない方がよい。

現在の社会では、世界的なテロの蔓延も覚悟せねばならず、不法廃棄、拉致監禁、恐喝暴行などの犯罪も増加している。こういう事を行う犯罪者の多くは自動車を駆使するから、その運行状況が丸裸になるのは、事前であれ事後であれ、最も嫌な事だろう。という事は、我々の税金で犯罪防止のために日夜活躍してくれている警察にとっては(つまり我々一般市民にとっては)、これは大きな力になるという事だ。

※写真はグーグルの自動車〜Wikipidaより(アゴラ編集部)