英国のグリーン政策で重工業は絶体絶命(下)

GEPR

(写真1)タタ・スチールが英国に持つポート・タルボット工場(ウェールズ州)

手塚宏之

国際環境経済研究所主席研究員

JFEスチール技術企画部理事 地球環境グループリーダー

IEEI版

)より続く。

EU離脱に向けた国民投票にも飛び火

英国政府とキャメロン首相にとって本件がとりわけ深刻なのは、英国のEU離脱の是非を問う国民投票が6月に予定されていることである。さまざまな報道に見られるように、EU離脱の是非に関しては英国民の意見は割れており、予断を許さない状況にある。そこにタイミング悪く表面化したのがこの鉄鋼危機である。

これがEU政策とどう絡んでいるかというと、まず中国からの鋼材輸入の急増に対して、緊急輸入規制やアンチダンピング関税の賦課といった通商規制措置を導入しようと思っても、EUの一員である英国政府は、独自の判断でそうした緊急対策を実施することができない。あくまでブリュッセルの欧州委員会における時間のかかる手続きを踏まないと輸入規制は実施できないのである。

また気候変動政策の下に課されている再エネ賦課金等の負担について、鉄鋼産業のような特定産業に対して減免するといった措置も、同様に英国政府独自の判断で下すことはできず、欧州委員会の承認が必要となっていて、その審査に時間がかかることになる。そもそも英国の実施しているグリーン政策の多くは、再生可能エネルギー指令をはじめ、ブリュッセル(EU)発のものが多い。英国がEUの一員である限り、EUが割り振る再エネ比率や省エネ目標を達成する義務を負うことになる。

さらに悪いことに、4月10日で付けのSunday Express紙は、英国鉄鋼業に甚大な被害をもたらしている中国からの鋼材ダンピング輸出の背景には、欧州投資銀行(EIB)による中国への金融支援があり、その資金は英国民の税金が使われていると、痛烈に批判してい(注8)。

欧州投資銀行はその温暖化対策の一環として、「中国気候変動フレームワークローンⅡ」というスキームを設定し、中国の温暖化対策を資金的に支援しているが、5年前には武漢鋼鉄のコンバインドサイクル発電所建設資金として5000万ユーロ(61億円)を低利で融資している。

また広東鋼鉄に対しても08年にエネルギー効率改善を支援するための資金として3500万ユーロ(24億円)を融資している。武漢鋼鉄の大株主は中国政府であり、しかも同社は、欧州に鋼材をダンピング輸出してEUの鉄鋼業を危機に追い込んでいるとして、まさに欧州委員会の反ダンピング審査の対象になっている。

同記事は「タタ・スチールが英国での鉄鋼製造にかかわるエネルギーコスト高騰を批判している一方で、このEIBによる低利融資が中国鉄鋼会社のエネルギーコスト低減に使われているとの批判がある」とし、「これは英国国民が見たくない税金の使われ方だろう」というレッドウッド元環境大臣のコメントを紹介している。

Business for Britain の南東部委員長は「EUは中国の国有鉄鋼会社に融資を行い、その結果EUに向けてコスト以下の価格で輸出が行われている。・・われわれは毎週3.5億ポンドもの資金をブリュッセルに貢いでいるが、その金は中国の鉄鋼にではなく我々(英国の)優先事項に使われるべきだ」としている。

すでに問題となっているEUの移民政策問題に加え、英国がEUの一員であるために、危機に際して行使できる自国政府の裁量権が奪われているという上記のような問題の顕在化は、6月のEU離脱の是非を問う国民投票に、いっそう深刻な影を落とすことになるかもしれない。

(注6)“Race to go green is killing Britain’s Heavy Industries”, Matt Ridley, The Times, 4 April 2016.

(注7)タタ・スチールは同じ4月11日に英国に持つ今一つのScunthorpe製鉄所を含む条鋼部門を、Greybull Capitalに1ポンド(160円!)で売却することを発表している。

(注8)“EU Climate Finance Subsidises Chinese Steel Industry”, Sunday Express, 10 April 2016

日本への教訓

最後に日本に対する警鐘である。先に紹介した英国議会の委員会報告では、2014年の英国の産業用電力料金が気候変動政策の結果9.1ペンス/kwhと、EU平均の5.1ペンス/kwhの倍近くになっていて、これが英国の産業競争力を阻害していると指摘している。しかし同じ英国政府がIEAのデータをもとに行った国際的な電力料金の比較調査(注9)は、日本の産業用電力価格は2014年に10.4ペンス/kwh(16.7円/kwh)とされていて、高いと批判されている英国よりもさらに高くなっている。

ちなみに同レポートでは米国の産業用電気料金は4.1ペンス/kwhと日本の半分以下である。日本の電気事業連合会の電力需要実績確報によれば2014年度の産業用電力料金は18.86円/kwhとされているので、上記の推計より若干高くなっているが、為替レートの変動などを考えると推計誤差の範囲だろう。

しかし、日本の電力料金の場合でも、英国と同様に温暖化対策税、FIT賦課金といった気候変動対策コストが上乗せされている。しかも再エネFIT賦課金は14年度の0.75円/kwh から16年度は2.25円/kwhへと大幅に拡大しており、また温暖化対策税も段階的に引き上げられてきており、本年4月にも増税が実施されている。

原発の再稼働が遅れ、再エネ賦課金が急拡大している現状を放置していくと、日本産業が負担する電力料金が20円/kwhを軽く超えていく事態も想定される。英国のエネルギー多消費産業が競争力を失うと言っている電力価格を、大きく上回る電力価格を日本の産業界は課せられていくことになるのである。気候変動政策によって瀕死の事態に追い込まれている、本稿で紹介した英国鉄鋼産業の現状は、日本の産業界にとって「明日は我が身」の問題なのである。電気料金を含めたエネルギーコスト上昇に歯止めをかけ、抑制を図っていくことを求める声を高めていく必要がある。

(注9)“Industrial Electricity Prices in the IEA”, Department of Energy&Climate Change, 31 March, 2016