石井孝明 経済ジャーナリスト
「電気が市場で取引される」。日本人の大半にとってなじみのない光景かもしれない。電気はスイッチをつければ家庭ですぐ使うことができた。大半の企業にとっては、支払いは一定額のサービスだった。ところがその状況が電力の自由化によって変わろうとしている。
電気はすでに日本卸電力取引所(JEPX)で取引されている。その存在が改めて注目されている。電力自由化が進む中で取引の仲介と価格発信をする同所の重要性が、今後一段と高まることは間違いない。日本のエネルギーシステムに、同所は将来どのような貢献をするのか。
電力取引の仕組み
JPEXは2005年から取引を開始し、現在は電力事業者144 社が会員となっている。取引量は2011年以来、毎年、対前年比で2割と急増し、2015年には126億キロワットアワー(kWh)ているが、それでも日本の全電力量の2%程度にすぎない。
同所は1日前スポット市場を運営してきた。翌日受け渡しの電力を、30分刻みに取引するものだ。今年4月1日から土日を含めたすべての日で取引を開始した。1取引単位は1000kW。大型ショッピングセンターをまかなう電力量だ。
また4月1日から当日市場(時間前市場)も始まった。その日受け渡しの1時間前までの取引が可能になる。ただし、これは調整のための市場で、4月時点で1日数十件程度の約定しかない。
EUの電力は3割を市場が通る
電力自由化が先行したEUでは、2014年には各国に存在していた電力市場をつなげる形で欧州全域の電力市場がつくられた。同市場を通じて、欧州の全電力の3割強が市場取引を通じて供給されている。
全面自由化前の電力供給では、電力市場全体の6割を占める特別高圧・高圧分野は自由化されていた。残る4割の低圧・電灯分野の料金は総括原価方式で決定されていた。それが4月1日からは小口の自由料金が認められ、また「ライセンス制」も導入された。
発電、送配電、小売り部門ごとに従来は認可だった参入が、登録することで原則自由に行えるようにした制度だ。東京電力は今年4月、既存の大手電力会社の中でいち早く、持ち株会社制事業ごとに担い手が分離したことで、各部門の企業ごとの卸電力市場への参加がうながされるだろう。
どのような経済活動でも、多数の参加者による公開された市場で形成された商品価格は、信頼を集め活動の指標になる。全面自由化された電力でも同じだ。市場価格がその価格が産業、そして社会全体を動かしていく。政府・経産省はJEPXの取引拡大、さらには東京商品取引所(TOCOM)での電力先物市場の整備を積極的に支援している。TOCOMでは、試行取引が始まり、16年中の市場開設を目指している。電力・エネルギー業界はこれから重要インフラとしてJPEXの活用を今まで以上に考える必要がある。また、私たち一般消費者も、企業人も、株価に配慮するように電力価格を見て、行動する時代が来るかもしれない。
電力取引市場の健全な成長を期待したい。
【インタビュー】事業の「根っこ」に取引所を組み込む
日本卸電力取引所の企画業務部長である国松亮一氏に、電力取引の現状と課題を聞いた。
−4月からの事業者の動きはどうか。
取引の増加は続いているが、参加者の動きが4月1日前後で急に変わったことはない。しかし小売り自由化、またライセンス制という重要な制度変更があった。これらは今後、電力取引の拡大をもたらすだろう。私たちは取引所の名前の通り「卸」分野、つまり発電事業者と送配電事業者の間に位置する。ライセンス制度で、発電と小売りの会社が分離して役割分担が明確になれば、それぞれの組織から、取引所への注文がしやすくなる。
また電力小売りでは「何と電力事業を結びつけるか」ということを、事業者の方は今真剣に考えている最中であろう。どのような形になっても、前提になるのが適切な価格による、安定した電力の調達だ。取引所はそれができる場である。事業にその活用を組み入れることは、合理的なビジネス行動になる。
−市場取引を増やすためにはどうすべきか。
「原発が稼働し余剰電力が増えれば取引高が増える」という予想を関係者から聞く。それは違うと思う。余った電力を取引するという考えが根強くあるゆえに、JPEXの取引高がわずかにとどまっていると思う。電力事業者の皆さんに事業の「根っこ」のところから取引所を使う発想が広がればと考えている。
取引の厚みがあれば、より適切な価格形成が行われ、注文がマッチングしやすくなり、さらに使いやすくなる。そうした循環を期待したい。
−今後の利便性向上の計画にどのようなものがあるか。
私たちは裏方として、仲介をしっかりやるということに尽きる。電力事業者にとって取引にかかわるすべての費用は事業コストになる。会員の皆さまの負担を減らすため、私たちはコスト削減に努め、私たちは事務方の人数を切り詰め、事業所も貸しビルにするなどの努力をしている。
市場の整備と利便性の向上の努力も続ける。東京工業品取引所で設置の検討が進む先物電力市場との連携も課題の一つだ。会員が重なる可能性があるので、その負担が増えないように、資格をどうするかの検討をしている。経産省、事業者の間でネガワット市場(使用削減分の取引)、欧州で導入が検討されている容量市場(設備の使用に対価を出す取引)の研究にも参加する。
今後の電力事業の重要なインフラとして、電力・エネルギー事業者の皆さまの役に立ちたい。そして活用いただき、市場が役割を果たせば、日本の電力事業がより効率的になっていくはずだ。
【注】この原稿は「エネルギーフォーラム5月号」掲載の原稿を要約、抜粋した。転載を許可いただいた関係者の方に感謝を申し上げる。