【映画評】マイケル・ムーアの世界侵略のススメ

過激なアポなし突撃取材でアメリカが抱える問題を一刀両断にしてきた映画監督マイケル・ムーアは、アメリカ国防総省の幹部の切実な懇願から、ヨーロッパへ出向き、ある“侵略”を行うことを決意する。その目的は、各国の“良いところ探し”。これまでのアメリカでの常識を根底から覆すそれぞれの国のシステムに驚くムーアだが…。

これまで政府から目の敵にされていた映画監督マイケル・ムーアが何と政府の手先になって働く?!ドキュメンタリー「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」は、何事か?!とちょっとビックリだが、銃規制、医療制度、経済破綻や対テロ戦争など、アメリカの矛盾と闇に矛先を向けたこれまでの作品とは一味違う。侵略という言葉は穏やかじゃないが、これはヨーロッパ各国の驚くべきアイデアをアメリカに持ち帰るという、ムーア流のアメリカ世直しのためのアイデア・ゲット作戦なのだ。

イタリアでのバカンスは年8週間、美食の国フランスのグルメな給食、宿題がないのに学力ナンバーワン国家のフィンランド、大学の授業料無料のスロべニア、犯罪者に寛容なポルトガルとノルウェーの刑務所など、素晴らしすぎてビックリ仰天の制度が次々に紹介される。もちろんエンタテインメントなので、意図的に前向きな点のみを強調しながら、進んでいくので、単純に優れた制度とは受け取れないが、テンポ良く語られる興味深い内容は観ていて飽きない。

だがこんな楽しい作品でもムーアの毒は健在だ。各国の美徳を褒めたたえるムーアに、男女平等政策が実現しているアイスランドの指導者たちは、アメリカには頼まれても住みたくない、あなたたちの価値観はいったい何?!と問うのだから。アメリカに噛みつくかわりにヨーロッパ諸国の新・常識を紹介するのは、ムーアの政府批判の新機軸だ。しかも本作はそれだけでは終わらない。これらの画期的なシステムの源流をたどると、実はそれらの源はアメリカの原点にあったという落としどころが秀逸なのだ。

あきらめてはいけない。アメリカはまだ幸福になる資質も可能性もあるのだというのがムーアのメッセージなのである。たとえそれが希望的観測だとしても、お固いドキュメンタリーを楽しく魅せ、もう一度頑張ろうと訴える楽観性が好ましい。

【70点】
(原題「WHERE TO INVADE NEXT」)
(アメリカ/マイケル・ムーア監督/マイケル・ムーア、他)
(ポジティブ度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。