中国の海洋進出による日本のエネルギー供給の危機

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(写真)南シナ海の日中中間線近くの中国によるガス掘削施設(防衛省提供)

石井孝明

経済ジャーナリスト GEPR編集者

中国が南シナ海の実行支配を進めている。今年7月12日に南シナ海を巡り、フィリピンが申し立てた国際的な仲裁裁判で、裁判所は中国が主張する南シナ海のほぼ全域にわたる管轄権について、「中国が歴史的な権利を主張する法的な根拠はない」などと判断し、中国の管轄権を全面的に否定した。

中国が南シナ海のほぼ全域が領海であると主張しているのに対し、フィリピンは「国際法に違反している」などとして3年前、仲裁裁判を申し立て、国際法に基づく判断を求めてきました。これについて中国政府は黙殺する構えだ。国際的な批判の中でも態度を改めない。

中国は海上を移動できる原子力発電所を南シナ海で設置。その支配の強化に使おうとしている。エネルギー専門誌のエネルギーフォーラム7月号に、6月時点の情報・取材で原稿を寄稿した。その転載をする。関係者の方に感謝を申し上げる。

 (以下転載本文)

中国の原子力企業が、移動式の海上原子炉20基を建設する計画を進めている。中国が領有権を争い、支配力を強める南シナ海に配備される可能性が高い。この海域の安全と航行の自由は日本の存立にかかわる。中国が原発を海上に置くことで、安全保障リスク、エネルギー供給遮断のリスクが一段と高まる。阻止する方法はあるのか。そしてその先にある

海上原発、17年に実証プロジェクト開始へ

報道資料によれば中国広核集団(CGN)は仏アレバ社の技術をベースにした出力45万kw(キロワット)級の小型原発「ACRP100」を開発中だ。それを出力20万kw級に小さくして、船に乗せた移動式の海上原子炉にするという。17年に実証炉を建設し、20年に実用化の予定だ。

各国は船や僻地の動力源として、小型原子炉を使うことを試みてきた。日本でも原子力船むつのプロジェクトがあった。しかし採算性や安全性の問題から大半の国が商業化を取りやめ、原子力は主に大型軍艦で使われている。

そして懸念すべきニュースが流れた。中国共産党の機関紙である人民日報の国際版「環球時報」が4月に、移動式海上原発は、南シナ海と渤海に約20基を設置される予定と伝えた。南シナ海では中国が今、自国領、領海の存在を主張し、ベトナム、フィリピンなどの周辺各国と紛争を起こしている。環礁を埋め立てて人工島をつくり、無人島に航空基地や施設を置く。そして中国は1992年に制定した領海法で、南シナ海のほぼ全域の領有を宣言し、他国軍艦の無害通行権を否定している。

その海域に置かれる海上原子力発電所はさまざまな影響を日本の安全保障、そしてエネルギー事業に与えるだろう。日本の輸入する原油の8割、LNG(液化天然ガス)の3割は中東産であり、またLNGの3割は東南アジア産だ。中国が南シナ海を制圧すれば、日本のエネルギー動脈をいつでも切断できる状況になる。

中国の南シナ海での軍事力、原発で高まる

「安全保障上のリスクは一段と高まる。中国の軍事的な存在感を強める」。元海上自衛官で、中国駐在武官を務めた小原凡司東京財団研究員・政策プロデューサーはこの動きを懸念する。中国は南シナ海南部のパラセル諸島、北部のスプラトリー諸島に、大型機の離着陸の可能な3000メートル級の滑走路を建設し、人工島の埋め立てや陸上施設建設を進めている。

まだ軍事基地化は確認されていないが、戦闘部隊が配置されれば数百から数千人の航空機の搭乗員、整備要員、基地要因、そして守備隊などが常駐する。兵士の生活のためには電気が必要だ。またレーダーなど現代戦に欠かせない電子設備は大量の電力を必要とするため、原子力発電の活用は基地の強化につながる。そして原子炉内には放射性物質がある。万が一、軍事衝突が起こり、近くに海上原発があった場合に、小原氏は原発の存在は近くにある施設への攻撃をためらわせるだろうと言う。各国に近接した場所での原子力事故のリスクも高まる。

「中国は米国と対等となる覇権国を目指している。南シナ海は艦船の進出路、また核攻撃の報復をできる原子力潜水艦隊の展開場所であり、そこを押さえるのは国策の上で必然の行為だ。その道具として海上原発は使われることになりそうだ」(小原氏)。

米国は昨年10月に南シナ海で中国が埋め立てた人口島の一つスビ環礁の沖合12カイリ以内の海域を、駆逐艦が航行し「航行の自由」作戦と名付けた。中国軍はこれを阻止しなかった。小原氏は「今すぐ中国が南シナ海で自国より強大な米国と実際に衝突する可能性は低いものの、地域での中国の影響力の強化を進めるだろう」と、小原氏は予想する。

(図1)南シナ海の現状

原発設置の阻止「即効性のある手はない」

それでは中国の原子炉設置、それに連動した南シナ海の支配強化を止める方法はあるのか。「残念ながら即効性のある手段はない」と元外交官の外交評論家金子熊夫氏は指摘した。

金子氏はベトナム戦争最盛期の1960年代半ば旧南ベトナムの首都サイゴンの日本大使館で政務書記官として活躍した経験を持ち、さらに1970 年代前半、UNEP(国連環境計画)に出向し、アジア太平洋地域代表としてバンコクに駐在していた期間、南シナ海の海底鉱物資源探査をESCAP(国連・アジア太平洋経済社会委員会)との共同事業として実施した。

大量のエネルギー資源が眠る可能性があるという調査結果が出たが、それに中国の代表団や政府の関心が強かったことが印象に残ったという。その前後に中国の文化大革命も終息し、国内が一段落したので、徐々に南シナ海など海外への進出が始まったわけだ。

そして1992年に制定された「領海法」で南シナ海の島々への中国の領有権が公然と明記された。海南島には巨大な潜水艦基地が出来上がっていて常時にらみを利かせている。

「今や南シナ海の支配強化は習近平国家主席と政権中枢の断固たる意思だろう。中国の覇権主義の追求、そして安全保障の要請、領土拡張と資源確保の意欲などさまざまな理由が重なり、中国が引き下がる可能性はまずない。海上原発の設置もその強化の手段の一つだ」という。

日本は平和憲法の束縛があり、今回の新安保法制の下でも、この地域で軍事力を伴った行動ができない。米国が中国と全面対決に動く可能性は少ない。また東南アジア地域には3000万人の華僑・華人が暮らし、ベトナム、フィリピン以外の政治や経済に隠然たる影響を与えているが、そのために各国が中国の覇権を容認する可能性もあると、金子氏は言う。

「国際社会では強制力が限定的だ。国連安全保障理事会の常任理事国で理事会の決定に拒否権を持つ中国が、他国の圧力や要請で行動を変える可能性はないだろう。中国の力の拡大は、強まる一方だ」と先行きに悲観的だ。

多国間安全保障の枠組みの必要性

問題は南シナ海だけではない。日本の領海、排他的経済水域のある東シナ海でも、中国の動きは続き、それにエネルギーが絡む。日本の外務省は今年6月、中国が東シナ海の日中中間線付近でガス田開発のための施設を拡充し、日本は抗議したと発表した。この地域の海底ガス資源は、両国が共同開発することで2008年に合意した。ところが両国関係が悪化したために具体的な交渉は中断。その間隙を突いて中国は16基の採掘施設を建設した。

この地域のガスの埋蔵量は限定的で採算性が少ない。これは日本のエネルギー関係者の一致した見方だ。このために中国の活動は「明らかにエネルギー開発を口実にして、東シナ海での軍事的、政治的な存在感を見せつけようとしている」(ガス関係者)という

さらに6月、中国海軍の軍艦が日本領の尖閣諸島の領海に近接する接続水域を初めて航行し、鹿児島沖では中国海軍の情報収集艦が一時日本領海に侵入した。

日本も手をこまねいているわけではない。安倍政権は集団的自衛権の限定的行使を認める平和安全保障法制の整備を2015年夏に実施し、日米同盟の強化に動いている。さらに「航行の自由」など海洋の平和利用を国際会議などで強調している。またフィリピン、ベトナムへの海上警備艇の供与など、日本国憲法の許すギリギリの範囲内で各国の海上防衛能力の整備強化の支援をしている。また、近年海上自衛隊の艦船の寄港・訪問なども盛んに行っている。

可能な対策として、小原氏、金子氏は共に日米同盟の強化、関係各国の関係強化、国際世論の圧力による中国の行動の牽制を主張した。

小原氏は、NATO(北大西洋条約機構)のような地域軍事同盟という形でなくても、2国間安全保障を深め、それを重ねることで、紛争リスクを減らす可能性はあるいう。「例えば、インフラ整備などの二国間の経済プロジェクトを複数の国が利益を受ける形に展開し、相互の関与を深め東南アジア全体の底上げをする。2国間の取り決めを重ね、それを地域に広げていく。東南アジアの存在感を高め中国が危険な行動をしづらい状況をつくる。こうした積み重ねは迂遠に見えるが、実効性のある方法ではないか」と提言する。

金子氏は1980年代から「北東アジア非核地帯構想」と「アジア原子力共同体(アジアトム)構想」をセットにして、実現を提言している。常設の管理組織を作り、原子力の平和利用、さらに核の軍縮・管理を積み重ねていく構想だ。「中国の力が強まりすぎ、北朝鮮が暴走する中で、こうした枠組みを今すぐ作るのは難しい。しかし管理する仕組みづくりを目指さなければ、地域の不安定化は続いてしまう」という。

各国の協調の中で、原子力のルール作りを重ねれば、中国の南シナ海での覇権追求、そこでの原子力の勝手な利用について透明化、抑止などができるかもしれない。

燃料遮断リスク、現実の危機の直視を

ただし、ここで問題がある。中国による具体的な脅威があるのに、日本の安全保障のめぐる議論がそれを直視しない点だ。国会でもメディアや識者の間でも、「憲法9条をどうする」という議論が続き、南シナ海での海上原発など〝今そこにある危機〟がなかなか問題にならない。「民主主義国の外交は世論が支える。具体的な危機を前に、憲法9条をめぐる『神学論争』や、無関心が続くことは危険だ」と金子氏は懸念を述べた。

ある大手都市ガス会社の幹部は、南シナ海の緊張と海上原発の話に、いら立ちを示す。「国から対策の示されない中で日本のエネルギー安全保障のリスクを一民間企業である私たちが引き受けている。海上交通が切断されればエネルギーの供給は止まる。しかし、一企業では中国を止める手はない。国民的議論を深め、危機を語るべきなのに、いったい政府も有権者も、そして政治家も、何をしているのか」。

日本は国家安全保障の観点から、海上原発を含め、東・南シナ海問題に向き合うべき時がきている。