仕事は効率化が全てではない

ある土曜日の夜11時半過ぎ、私はレンタカーのレンタルブースで客を待っています。客が借りた車の返却をまち、その客に新規に別の車を手配するためです。夜中の12時過ぎに戻ってきたこの客は「ガソリンをどこで入れていいかわからない」と。一緒にすぐ裏のスタンドに行き、ガソリンを入れてもらいます。「もっと入れて!」満タンにせずに止めようとしたその客にやり直しをお願いしてガスも満タンでようやく、車の入れ替え完了。それから車を洗車していると後部座席のドアポケットに忘れ物。どうやら入れ歯ケース。預かっておいたところ朝の7時半に「入れ歯ケース忘れた」と電話。大丈夫、ちゃんとレンタルブースに保管してありますよ、とフォローまですれば完璧でしょう。

たまにいる面倒な客。しかし、それを避けちゃいけないというのは長年のビジネスを通じて学んできたことです。一元さんかもしれないこういう客を大事にすると実は一年後に戻ってくる確率が結構高いものなのです。「去年も借りてよかったからまた借りることにしたの」という予約の電話はうれしいものです。私は応対するときによく話をするようにしていますが、「今日はどちらに行かれますか?」と聞けばウィスラー。それならば道中で山並みのきれいなところがあるからそこは絶対に寄ってね、というワンポイントアドバイスで客はにっこりします。

効率化を追求すれば私がわざわざレンタルブースで客を待たなくてもキーボックスからカギをとってもらい、返却の車のカギはカギ返却箱に入れてもらえば人なんて必要ない仕組みになっています。ですが、私はこれは、という時にはなるべくお客様の応対をするようにしています。それは返却してきたときに楽しかったのか、クルマに不具合があったのか大体わかるからです。

今、世の中は機械化、IT化、AI化がどんどん進んでいます。人はいらなくなる時代が一歩、また一歩と迫っています。その中でヒューマンタッチのビジネスが必ず見直される時代が来ます。それは効率化の追求ではなく、お金を払ってくれるお客様が人間である以上、人間によるサービスを期待しているということにほかなりません。

欧州のホテルではコンシェルジュの質がホテルの格を決めるといって問題ないでしょう。北米のホテルもコンシェルジュを抱えるホテルでは客の我儘を一手に引き受け、客が「良いサービスだった」と感謝してもらえるようベストを尽くします。だいぶ前ですが、日本のある地方都市に泊まった際、どこで食事をしてよいのかわからず、ホテルのサービスデスクに問い合わせたところ、こちらの希望をネットでさっと検索し、出てきた店のリストから自由に選んでください、と言われ、プリントアウトしたその紙を一枚貰っただけでサービスは終了しました。わたしからすれば「違うだろう」と言います。ネットぐらい誰でも検索できるのであってそこに載っていない本当の評判を踏まえたうえでの一言が欲しかったのに、と思います。

私どもの駐車場事業では月ぎめのお客様をたくさん抱えています。そのほとんどの方々は毎月、駐車場代をクレジットカードから差っ引きますので手間はかかりません。まさに効率的なビジネスです。しかし、放置すれば満足しているのか、何か言いたいことがあるのかわかりません。我慢していることがあるかもしれません。だからなるべく気さくに話しかけるようにしています。そうすると先方も胸襟を開きます。その時、「うちの会社の同僚が駐車場探しているのよ」と言ってくれれば新たな仕事をゲットですよね。

効率化をかけるところは目いっぱいかけます。しかし、すべてをオートメーション化し、余裕しゃくしゃくの人ほどビジネスは長く繁栄しないものです。仕事がそんなに簡単なわけがないのです。昔の上司から「営業マンは知恵を使え、それができなければ靴を減らせ」と言われました。努力しないと良いことなどないのです。歯を食いしばってみんなが楽しんでいるときにぐっとこらえてハードルを乗り越えればよいことはあります。

よく言われるのは「ひろは働きすぎ」と。そうかもしれません。だけど私はお金が欲しくて仕事をしているのではなく、客の笑顔が見たいだけなのです。金儲けだけしたいのならもっと良い方法があるのを知っています。ですがそれは私の本望ではありません。かつてカフェを経営していた際、「これ儲からないでしょ」とある日本のビジネス作家の方から言われたことがあります。儲かるわけないですよ、コーヒー一日100杯売っても3万円の売り上げにしかならないのですから。(実際にはサンドウィッチ屋でしたのでそういう計算ではありませんが)しかし、その店に来る近隣の人とのコミュニケーションを通じて様々な情報をゲットしたり発信したりすることができた点は今でも誰にも自慢できる素晴らしい成果だったと自負しています。

たまには高級レストランで旨いものを食べてみたいと思うけれどそれよりも面倒な客ににっこりと笑ってもらったあと、パブで大好きなビールを飲む方が100倍楽しいと思う今日この頃です。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、みられる日本人 7月26日付より

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。