トルコクーデターは究極の戦略プレゼンモデル --- 増沢 隆太

トルコで起こったクーデター騒動。クーデターの成否は「政権転覆」というメッセージを確実に定着できたかどうかで決まります。武力の勝敗だけでなく、メッセージ伝達が死命を決するという、究極のプレゼンテーションのモデルととらえてはどうでしょう。命がけのプレゼンに、メッセージ伝達の要諦が学べます。

クーデターで最初に占拠すべきポイント

クーデターで最初に占拠するポイントは、宮殿(国王や国家元首の所在地)、放送局、空港です。これらを同時期に一斉攻撃し、国家元首の身柄を押さえ、さらに政府転覆・政権掌握を内外に宣言するために国営放送局を、海外への要人脱出を阻止するための空港など交通ハブを封鎖する必要があります。

重要なのは「一斉に」制圧する点です。これら戦略拠点を押さえることはすなわち国家を支配した証明となります。実際の戦闘での勝敗に限らず、政権側・反乱側どちらが実権を掌握できたのか、それを信じ込ませた側が勝利者です。敵対勢力がそれを信じれば反抗をあきらめ、投降が始まりクーデターまたはその阻止が成功となります。つまりは武力よりイメージ、メッセージの伝達こそ決め手となります。

一気呵成に既成事実化を図るためには、強烈な印象付けが欠かせません。一斉占拠はそのために必要不可欠なのですが、今回のトルコでは国家元首エルドゥアン大統領の身柄が拘束されることなく、iPhoneのテレビ通話で国民に抵抗を呼びかけました。このメッセージにより政権側は大統領が健在であることを直接国民に印象付けることに成功しました。これはクーデターの帰すうを決する上で重要なターニングポイントとなったのです。

政権側にとって「大統領健在!」以上のアピールはありません。逆に反乱側は、休暇中の大統領を襲撃しつつも、身柄を拘束できなかった時点で限りなく厳しい状況になりました。つまり「クーデター成功」というもっとも大切な伝達目標を達成できなかったことで、反乱軍の失敗が決まってしまったと考えられます。

プレゼンテーションの戦略目標

一般のプレゼンテーションにおいても、そのもっとも大切な伝達目標が何かを特定することが何より大切です。新商品の説明、販促プラン、営業方針、リクルーティングのための企業説明、さまざまな目標の下にコミュニケーションが取られるはずです。しかしその先にある究極の実現目標は何でしょう。究極の目標とは、「新商品の説明」をすることではなく、「新商品を売る」ことのはず。もしくは認知を上げる、店頭?流通?を確保する・・・といった具体性のある目標設定のことです。

プレゼンや話し方に自信がないという方ほど、こうした目標設定の吟味よりも、伝えるべき資料や素材集めに時間とエネルギーを投下しがちです。根拠やロジックが不要という意味では全くありません。しかし目標が定まらない主張には、どれだけの武器(根拠、データ、弁論術・・)があっても意味を成しません。逆に戦略的な部隊展開さえできれば、国軍全体に比べ圧倒的に少ない兵力数でもクーデターは成功できます。

特にプレゼンに自信がないという方であれば余計に、まず結論としてのメッセージを確定させ、それを伝えることから始めるべきです。「新製品の仕入れをお願いしたい」のであれば、それが結論です。新製品の優れた点、競合との比較、価格訴求力、物品に限らずサービスであればその効果効能、利回り・・・・これらは重要な情報ではありますが、まず第一に伝えるべき結論、「買ってほしい」から始まり、(顧客が)買うべき理由、そのメリットとしての各種情報が続きます。

スーパープレゼンを目指さないことこそ重要

どれだけしゃべりの技術に長けていたとしても、プレゼンはスピーチコンテストではありません。目標達成のための手段です。テレビなどで披露されるスーパープレゼンのような名人芸は必要ありません。プレゼン名人ではなくビジネス名人こそめざすべきゴールです。

軍隊という、一見コミュニケーション専門家の真逆の存在が、実は究極のコミュニケーションを実現しているのです。それはそこに高い戦略性を持ち、目標にまっしぐらに進む推進力を持っているからと考えられます。

ロイター報道によれば、クーデターを鎮圧した大統領は反乱軍は元より司法関係者も逮捕し、その数は軍関係者とほぼ同数の3千人に達するとのこと。実は政権基盤強化のための偽クーデター説も流れるほど、今回の事件で最後に得をしたのが誰かと考えると、現実の政治における戦略目標の深さを感じざるを得ません。

クーデターの真相が何であったかを知ることはできませんが、少なくとも政権基盤の存続と権威を維持するというメッセージを確定させることができたのは大統領でした。

増沢隆太
人事コンサルタント