危険なピエロ:『トランプ現象とアメリカ保守思想』


ドナルド・トランプが共和党の大統領候補に指名され、民主党のヒラリー・クリントンと支持率では互角だ。これは都知事選でいえば在特会の桜井誠が小池百合子氏とトップを争うようなもので、日本人には信じがたい。本書はその原因を解明したとはいえないが、そのさまざまな背景をさぐっている。

多くの人が指摘するのは、1964年に共和党の大統領候補になったゴールドウォーターとの類似性だ。彼は公民権運動に反対し、人種差別を公言した(ヒラリーは高校生のとき彼のボランティアをつとめた)。しかし「ベトナム戦争で核兵器を使う」という発言が批判を浴びて、ジョンソンに大敗した。

ただゴールドウォーターに代表されるような屈折した差別意識は、アメリカ社会に今も残っている。「メキシコ人はレイプ犯だ」とか「イスラム教徒はテロリストだ」といった露骨な民族差別は、アメリカではpolitically incorrectだとして排除されてきた。そういうタブーをあえて破ったのが、トランプの戦術だった。

トランプの政策は支離滅裂だが、それなりに一貫している。それは所得格差の拡大する現状に不満をもつ低学歴のプア・ホワイトの欲求不満を、ワシントンのエリートにぶつける「反知性主義」だ。この点では低所得者への所得分配を強調した民主党のサンダースが意外に健闘したのと同じで、アメリカ人の格差への怒りが大きいことを示している。

ただ「社会主義者」を自称するサンダースが支持されるのはわかるが、大富豪で社会保障にも無関心なトランプがこれほど支持されるのは奇妙だ。これは白人の社会に対する不満が政策ではなく、公民権運動以来ずっと抑圧されてきた差別感情の爆発として出てきたのではないか、というのが著者の見立てだ。

そしてこうした差別は、もっと危険な「民族浄化」に発展する可能性もある。今のところトランプは愚かなピエロにすぎないが、ヒトラーも最初はそうだった。「アメリカ・ファースト」というトランプに拍手する白人に「世界に冠たるドイツ」を賞賛したのと同じ大衆心理が広がっているとすれば、世界にとって危険な兆候である。