中国はなぜ国際法を守らないのか

梶井 彩子

「領土主権を断固として維持」

G20米中首脳会談で、中国の習近平国家主席は南シナ海問題について、「領土主権を断固として維持する」と述べて、南シナ海における仲裁裁判所の判定を受け入れない姿勢を明確にした。海洋法条約に署名していないアメリカに言われても、という面もあるのだろう。

さらに中国は、係争相手であるフィリピンに対しても、「判決を無視したうえで二国間の交渉に応じてほしい」と要求していたという。

自国にとって有利な判決を、フィリピンが無視するはずもない。当然ながら、フィリピンのヤサイ外相は「フィリピンの憲法と国益に沿わない」として退けた。

なぜ中国は国際法を守らないのか。そこには中国なりの「論理」がある。

 

「屈辱の百年」という思い

南シナ海の仲裁裁定が下った翌日、帰泳濤・北京大学副教授は朝日新聞紙面でこうコメントしている。

〈中国には、領土問題について歴史的に欧米主導の国際法体系から「被害を受けた」という潜在意識がある。中国は近代史の中で領土や権利を失ってきたが、いずれの場合にも条約があり、「合法的」とされてきた。既存の国際法が形成される過程で、中国の意見はほとんど反映されなかった。中国が批准した国連海洋法条約も、成立過程で自国の主張がどこまで反映されるのか国内では反対も強かった。〉

また、『対論! 日本と中国の領土問題』(集英社新書)で、横山宏章・北九州市立大学教授と対談した王雲海・一橋大学大学院教授はこう発言している。

〈中国側の論旨では立ち遅れた海洋政策の遅れを取り戻すに過ぎないということなんですね。別に既存の秩序を破壊して、貪欲に何かを取っていくということは考えていない。アメリカや日本が過去にしたことを、中国が今遅れてすることがなぜいけないのか、という思いが中国側にはかなり強いわけです

確かに国際社会のルールには「早い者勝ち」の部分がある。当時の先進国が勝手にルールを作り、ある時期に「はい、ここまで」と線を引く。

特に中国(清)はその割を食った。不平等条約を結ばされ、列強の食い物にされた。五千年以上の歴史(習近平の就任演説による)の中で、アヘン戦争以降の近代史は中国にとって「屈辱の百年」だった。

これは「中華文明こそオンリーワンでナンバーワン。諸外国から学ぶことなど何もない」とする当時の中華思想が招いた悲劇でもあるのだが、「弱ければ叩かれ、食い物にされる」との経験が、中国をして富国強兵を達成させ、「強くなった今、奴らの決めた線引きやルールに大人しく従う必要はない」と、国際法に背を向けさせることになっている。

その時期にまだ力を持たず、名乗りをあげられなかった国は今、その当時に得られていた(かもしれない)ものを手にできずにいる。ならばそれを、今から取り返して何が悪い――。これが中国の言い分だというのだ。

 

国際法という「印籠」の効果

これを認め、実行してしまうと中国は日本(さらには欧米各国)に対して「侵略の過去を反省せよ」とは言えなくなるのだが、その点については見ないふりをしている。むしろ中国の言い分としては「一回はやり返す権利がある」ということなのだろう。「自分たちはかつての大国のまねをしているだけ。アメリカだって自国の利益のために好き勝手やっていたじゃないか」と。

先に引いた王教授は同書でこうも言っている。「中国ばかり批判して、アメリカの『既存の秩序に対する挑戦』を批判しないのはアンフェアだと中国側は感じている」と。

国連安保理の常任理事国であるうえ、世界第二位の経済大国になったのに(そして体制を守るために多くの人を抑圧する加害者であるにもかかわらず)、「被害者意識」は今も抜けない。むしろ、「地域覇権国となった(だから好き勝手にやっていい)」という尊大さと被害者意識という二つの立場をうまく使い分けながらじりじりと自国の権益を拡大していることに注意すべきだろう。

そして日本が唱える「国際法の遵守」は表だって誰も反対できない「正論」であり、周辺国が「国際法を遵守すべきである」と考えているうちは効果がある。だが各国は自国の国益を第一に考えている。フィリピンとて「二国間交渉の方がまだしも良い条件を得られるかもしれない」と考えれば中国の誘いに乗る可能性もある。

国際社会において、中国の力に対する国際法という「(水戸のご老公の)印籠」の効果がどこまで持つか、注視する必要がある。

写真:首相官邸ホームページ