金正恩氏の精神状態は“制御不能”か

長谷川 良

韓国「聯合ニュース」日本語電子版によると、「韓国の朴槿恵大統領は9日、北朝鮮が5回目の核実験を強行したことについて、『権力を維持するために周辺国の忠告に耳を貸さない金正恩(朝鮮労働党委員長)の精神状態はコントロール不能とみなければいけない』と述べ、激しく批判したという。一国の最高指導者が他国の指導者の精神状態に言及し、「制御不能」と糾弾することは異例なことだ。それだけ、北の蛮行に対して韓国側の怒りが激しいのかもしれない。

▲北朝鮮の核実験(CTBTOの公式サイトから)

朴大統領の「金正恩の精神状態は制御不能」発言には2通りの解釈が可能だ。1つは金正恩氏の精神状態が不安定で文字通り混乱していること、2つ目は外部世界は金正恩氏を制御できないという意味だ。

朴大統領が「金正恩氏の精神状態が制御不能」と診断した直接の理由は、「周辺国の忠告に耳を貸さない」からだが、国連安保理事会決議など国際社会の批判に対して耳を貸さないのは金正恩氏だけではない。中国共産党政権の指導者も程度の差こそあれ国際社会の批判に対して耳を閉じている。中国指導者の精神状態も(欧米諸国からみれば)制御不能と言わざるを得なくなる。国際社会から批判を受け、制裁下にある北にとって、「周辺国の忠告に耳を貸さない」のは今回が初めてではない。

朴大統領は、「今年に入り2度目の核実験は国際社会に対する全面的な挑戦とみなすしかない。われわれと国際社会の我慢は限界を越えている」と述べている。朴大統領の「制御不能」発言の背景には、「北が今年に入り2回の核実験を実施した」という核実験の頻度が強調され、問題視されていることが推測できる。

核実験の頻度といえば、冷戦時代に米ソは年2回どころではない。それ以上の頻度で核実験が実施されてきた歴史がある。例えば、米国は過去1032回、旧ソ連は715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回の核実験を実施してきた(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。金正恩氏が率いる北が今年1月と9月の2回、核実験を実施したこと自体、その国の指導者の精神状態云々ではない。核開発を進めている国にとって、実験は不可欠だ。如何なる科学実験もその精度を向上させようとすれば、どうしても多くの実験が必要となることはきわめて常識の範囲だろう。

それでは金正恩氏の精神状態は制御不能、換言すれば、非常識で、突発的な状況だろうか。答えは否だ。軍事的、戦略的な観点に絞って見るならば、彼は必要なことをやっている。ミサイル・核開発を継続し、その品質向上のために、乏しい国家予算を投入しながら「核保有国」入りを目指して腐心している。
具体的には、長距離弾道ミサイル「テポドン」の開発、短中距離弾道ミサイルの「スカッド」や「ノドン」、そして潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発に全力を投入する一方、核の小型化、軽量化、ミサイル搭載可能な核開発を急いでいる。

金正恩氏を個人的に知る藤本健二氏(『金正日の料理人』著者)が証言しているように、金正恩氏は生来、怒りっぽく、何事にも激しく反応する性格であることは間違いないだろう。ただし、朴大統領の「制御不能」発言は金正恩氏の精神状態を指すのではなく、北の核開発をストップできない国際社会の無策さを間接的に認めた発言と取るべきだろう。

国際社会は現在、朝鮮半島で冷戦時代最後の戦いが進行中であることを認識すべきだろう。時間は、この場合、北朝鮮の独裁者に有利に働く。遅すぎることがないように、国際社会は金正恩氏の核開発の野心を阻止するため知恵を振り絞るべきだ。具体的には、中国とロシアを説得し、対北制裁を徹底的に実施する一方、北指導者を狙った軍事行動を真剣に検討すべき時ではないか。(「米中特殊部隊の『金正恩暗殺』争い」2016年4月6日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。