「主権国家」をゆるがす難民という難問:『難民問題』

池田 信夫


蓮舫疑惑について、朝日新聞などは(予想どおり)「多様性を大事にしろ」とか「多文化の共生」といった美辞麗句を並べているが、世界の流れから周回遅れだ。昨年シリア難民が激増したとき「難民受け入れに上限はない」と表明して「ドイツの慈母」と世界から絶賛されたメルケル首相は、いま移民問題で強い批判を浴び、退陣を迫られている。

「難民を際限なく受け入れよ」という人道主義は美しい。そのコストがゼロなら、誰でも賛成するだろう。しかしドイツの経験でもわかったように、受け入れる側が善意でも、難民がそうとは限らない。難民受け入れは「異文化の衝突」をまねき、フランスでは大規模なテロが起こった。

EUは域内の人のグローバル化を進めてきたが、まったく異なる文化をもつイスラム難民の受け入れはそれよりはるかにむずかしい。彼らはヨーロッパに対する帰属意識がなく、アラーの神にしたがって行動するので、政府がコントロールできない。いまEU委員会も、移民受け入れのルールを大幅に修正しようとしている。

東アジアで難民問題が起こるのはこれからだ。中国で政変が起こると、現政権の関係者が日本に亡命(難民と同じ)する可能性もある。さらに危険なのは北朝鮮だ。政権が崩壊すると中国や韓国が入国管理を厳格化し、それに押し出されて「ボート・ピープル」が日本をめざすかもしれない。

日本が昨年受け入れた難民は27人。数十万人受け入れたヨーロッパとは桁違いだが、「技能実習生」と称する擬装移民は18万人いる。当面このような一時的な形で受け入れるのが賢明だが、それでも犯罪が増えている。そのまま不法滞在するケースも多い。財界のいう「移民20万人受け入れ」は、メリットより治安対策や社会保障のコストのほうが大きい。

それでも難民を受け入れよという博愛主義はありうる。著者もかつてはそう主張したが、難民の現実を調べるにつれて慎重派になったという。少なくとも移民を大量に受け入れた経験のない日本が、短期間に数十万人の難民を受け入れることは不可能だ。しかし北朝鮮が崩壊すると、イスラム難民のように国連が受け入れを割り当てるかもしれない。

難民問題は、主権国家という近代社会の枠組を破壊しかねない。それはヨーロッパ各国の政権をゆるがすだけでなく、アメリカでもトランプが争点にしている。こうした主張は「レイシズム」とか「極右」と片づけられがちだが、冷静に難民のコストを計算する必要がある。自分の国籍もわからない民進党代表には、それを語る資格はないが。

追記:著者から礼状とコメントをいただいたので、誤解のないように補足すると、イスラム難民を各国に割り当てたのは、もちろん国連ではなくEUであり、法的拘束力はない。しかし日本が北朝鮮の難民を公海上で追い返したら、国連や「博愛主義者」の政治的圧力が強まるだろう。