トランプ氏はレーガンにあらず

長谷川 良

米共和党出身のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領(92)は11月の米大統領選では共和党大統領候補者のドナルド・トランプ氏(70)ではなく、ライバルの民主党大統領選候補者ヒラリー・クリントン女史(68)に投票すると表明したという。

▲ロナルド・レーガン大統領(米連邦政府の公式肖像1981年から)

様々な理由があるだろうが、この発言はトランプ氏には心穏やかではなかったであろう。クリントン女史の健康問題が再浮上し、トランプ氏は支持率で追い上げてきた矢先だ。その時、身内から反逆の声が上がったのだ。もちろん、ブッシュ元大統領が初めてではない。多くの著名な共和党員がトランプ氏に距離を置いてきている。

ブッシュ元大統領のクリントン支持のニュースが報じられた直後、大西洋を渡った欧州のチェコのミロシュ・ゼマン大統領(71)が20日付Dnes電子版で、「自分が米国民だったら、トランプ氏に投票する」と述べたというのだ。“捨てる神あれば拾う神あり”といったところかもしれない。トランプ氏は喜び、笑みをもらしたかもしれない。ゼマン大統領は(チェコの)現職大統領だが、ブッシュ元大統領のように米国籍を有していないから、もちろん投票権はない。

ゼマン大統領は、「クリントン女史はオバマ政権の継続を意味するだけだ。そのオバマという名前は多くの失政を繰り返したダメ大統領のイメージだが、トランプ氏はロナルド・レーガン元大統領(任期1981~89年)のイメージと重なる。レーガン氏も大統領候補者となった時、馬鹿な俳優と酷評されていたが、レーガン氏は後日、歴代最高の米大統領という称号を得た」と述べている。同大統領のトランプ支持にはそれなりの理由があるわけだ。

ところで、ゼマン大統領のトランプ氏称賛は東欧諸国の政治家では初めてではない。ハンガリーのオルバン首相に次いで2番目だ。難民政策ではポーランド、チェコ、スロバキア、そしてハンガリーのヴィシェグラード・グループ(V4)首脳はほぼ一致している。すなわち、難民・移民政策では、メキシコからの移民殺到の阻止を主張するトランプ氏と同一路線だ。意気投合するのも当然かもしれない。

東欧国民は一般的に親米派が多数を占める。共産党政権から解放し、民主化を支援してくれた米国への感謝があるからだ。それだけに、レーガン、ブッシュ時代(任期1989~93年)の“強い米国”への思いが強い。しかし、オバマ政権の8年間の外交路線は彼らの米国への期待感を懐疑心に変えていった。その一方、ロシアのプーチン大統領の“強いロシア”の台頭に大きな脅威を感じてきている。東欧の為政者の中にはロシアへ傾斜する動きもみられる。東欧周辺の状況が冷戦時代の再現を思わせる兆候が見られるだけに、トランプ氏の登場はゼマン大統領をしてレーガン大統領の再現か、と勘違いさせてしまったわけた。

参考までに、レーガンとトランプの間の決定的違いは、レーガン氏はカルフォルニア州知事など政治経験を有していたが、トランプ氏は実業界出身で現実の政治にはタッチしてこなかったことだ。それだけに、トランプ氏の発言は既成の政界から批判を受けるケースが多く、その実行性に疑問符がつけられるわけだ。両者もスピーチでメディアの関心を引くが、前者は演説の名手として、後者は暴言と虚言でといった違いはある。

いずれにしても、米国民は不幸だ。なぜならば、クリントン女史とトランプ氏のどちらかを新しい大統領として選出しなければならないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。