村上春樹「書き、音楽を聴き、走る」

長谷川 良

ノーベル文学賞の受賞者発表を明日(13日)に控え、ドキドキしている多くの読者がいるだろう。英国ブックメイカーは本命候補者に村上春樹氏(67)の名を挙げている。同氏が今年こそ受賞するのではないか、といった期待は大きい。

▲独週刊誌「シュピーゲル」のインタビューに応じる村上春樹氏(シュピーゲル誌のHPから)

村上氏の場合、読者は日本人だけではない、アジア諸国、欧州、そしてアラブ諸国など世界の至る所に春樹ファンがいる。こんな作家はこれまでいなかっただろう。文学賞受賞者が発表される度に、その作家の作品を探しに本屋に行く人を見る。しかし、村上氏の場合、読者は既に彼の本を読んでいる。それも一冊や二冊ではない。村上氏の名前は世界の読者にいきわたっている。だから、世界で最も読まれている小説家がノーベル文学者を受賞しても当然だと多くの読者は考えるわけだ。

村上氏は独週刊誌「シュピーゲル」最新号(10月8日号)とのインタビューに応じている。多分、日本の読者は既にご存知の内容が多いと思うが、3頁半に及ぶインタビュー内容は当方にはとても興味深かった。

同氏は毎朝5時に起床し、仕事を始め、ランニングをするという日課をこの上なく愛している。
村上氏は作家業を開始する前は東京で小さなジャズ店のオーナーだった。同氏はクラシックからジャズ、ロックまで全ての音楽が好きという。村上氏はベルリンで4月開催された小澤征爾氏のコンサートを聴くために東京から駆け付けている。

「小澤氏は世界最高の指揮者の一人だ。征爾は僕の友人だ。彼については本を書いた。彼は天賦の持ち主だ。なぜ彼が素晴らしいか、その秘密を僕は知りたいのだ」という。「あなたも天賦を有しているか」という質問に、「自分の場合、天賦ではなく、夢を物語る能力だ」と述べている。

一日中、音楽を聞きながら生活できれば幸せという。「僕は音楽家になりたかったが、どの楽器も完全にはマスターできなかった。だから、書く道に入った」という。音楽家・村上春樹を見られなかったことは残念だが、物語の書き手となった村上氏の世界は多くの読者を魅了している。

村上氏は29歳の時、野球を観戦中、突然、「小説を書かなければ」という思いに襲われたという。何かが天から降りてきて、自分はそれを捕まえた。その感触は今も残っている。「真昼の花火のようだった」と説明する。その直後、「分かった、書かなければならない」と決意したという。村上氏にとって、「文章のリズムが決定的だ。ちょうど音楽がそうであるように」と説明している。多くの読者から「あなたの本を読んで人生が変わった」といったメールや書簡をもらうという。

ノーベル文学賞レースで村上氏がトップを走っているという情報が流れている。村上氏は「ノーベル文学賞候補者リストなど存在しない。自分は東京でジャズ店を所有していたが、自分の世界は今もそこに留まっているのを感じる。ノーベル賞は自分からは非常にかけ離れたところにある。世界の全ての人があなたはノーベル賞受賞に最も近いといってくれても、僕はそれを信じないだろう」と述べている。同時に、「いかなる称賛も僕には重荷だ」とも言い切っている。

村上氏は、「僕は音楽を愛し、走ることが好きだ。その隔離された生活様式がなければ僕は書くことができない」という。同氏の願いは無名で生きることだという。ノーベル文学賞受賞はそれを不可能にしてしまう恐れがあるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。