中国の習近平国家主席とフィリピンのドゥテルテ大統領は20日、北京で会談し、南シナ海の領有権争いについて、対話で解決を探ることで一致したという。
習氏はインフラ建設などでフィリピンを支援すると表明した。それをテコに領有権争いを「一時棚上げ」しようというのが中国の考えだ。
フィリピンの提訴による国際仲裁裁判所での裁定は南シナ海問題での中国の言い分を全否定、フィリピン側に味方している。だが、ドゥテルテ大統領は裁判所の裁定を「紙くず」とした中国寄りに動いた形だ。
「国際法の支配」よりも「力による支配」のもとに、外交を展開しようというのである。
そう思ってみれば、東アジアにおいて、法による支配などはお寒い限りである。中国、北朝鮮、ロシア、そして産経新聞記者を訴追するなど、数々の非民主主義的行為の目立つ昨今の韓国を見ても、人治であり、力による支配が濃厚である。
力で動かなければ、自らの地位が危なくなり、場合によっては抹殺、暗殺されてしまう地域なのだ。
例えば、プーチン大統領は、未然に阻止されはしたものの、明らかになっているだけで過去5回、暗殺が試みられた。逆に、2006年にロンドンで起きたロシアの元情報将校アレクサンドル・リトビネンコ氏の毒殺事件について、ロシアのプーチン大統領が殺害を「おそらく」承認していたとする調査結果を、イギリス内務省が発表するなど、対立者への「暴力の行使」も聞かれる。
中国のウィグル、チベット、南モンゴルへの侵略、弾圧は様々に批判され、その力の行使は今も続いている。北朝鮮の人民弾圧は言うまでもない。
フィリピンのドゥテルテ大統領も、大統領就任前から麻薬撲滅のために厳しい態度で臨んでおり、麻薬犯罪に関わる容疑者を裁判にかけることなく逮捕の現場で射殺する事件がわずか1ヶ月余りで1800件が発生したという。
「まさに人権蹂躙だ」との批判は、アムネスティ・インターナショナルや国連が繰り返し警鐘を鳴らし、オバマ米大統領も人権侵害をやめるよう発言した。これにドゥテルテ氏が反発したことが、今回の同氏の中国接近への1つのきっかけにもなっている。
力の支配が望ましくないことは言うまでもない。だが、東アジアでそんなことをのんびり言っていられるのは日本だけだ、とも言える。
国際社会はフィリピンの人権無視を強調するが、開発途上国や新興国では、人権よりも治安を優先せざるをえないことも少なくない。
フィリピンでは麻薬犯罪が横行し、また麻薬を資金源とした反政府系組織による暴動も起き、生ぬるい手法では国を維持しがたい。
ドゥテルテ氏は超法規的、強引とも目される手法ながらダバオ市長時代に麻薬犯罪と真剣に向き合ったことから、麻薬撲滅と治安の安定が得られた。それが住民に強く信頼されて長く市長を続けられ、今日、大統領にも選ばれた。
オバマ大統領の人権無視批判に対し、ドゥテルテ大統領は、「米国が比国を占領していた時には人権無視も甚だしく、虐殺をやってきたではないか」と反論する。
「法の支配」を説く米国も偉そうにはいえない。過去、国際法を無視した虐殺を多大に展開してきた歴史がある。
余裕がなければ、古今東西、むしろ「力による支配」の方が圧倒的に多かった。
ここで言いたいのは東アジアでは、それが今も続いている、ということだ。背景には相対的に米国の力が落ち、内向き志向となり、米国に頼りっきりでは安全とは言えない厳しい状況がある。日本も安心できない状況だ。フィリピンが主権の奪還、維持を図るには、中国に近寄るぞと見せかける必要もある。ドゥテルテ氏の中国接近はそうした高等戦術なのである。
中国側によると、今回の会談でドゥテルテ氏は、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)による融資などフィリピンへの経済支援に期待を表明。会談後、鉄道などフィリピンでのインフラ開発のほか経済貿易、麻薬犯罪対策、テロ対策など13分野の協力文書に署名した。製鉄所の建設や鉄道・港湾の整備で協力する。比大統領府によると、中国は麻薬中毒者の更生事業などに90億ドル(約9300億円)超を融資すると約束した。
むろんこれでフィリピンの思う通り、実利を確保できるかどうかは不透明だ。中国は甘いエサを与えてドゥテルテ氏を取り込んで、かつての中国が尖閣諸島についてそうしたように、南シナ海問題を「一時棚上げ」し、自分たちが有利な状況になったら、一気に占拠しようというハラである可能性も大きい。
米国や日本との関係が冷却化すれば、それは中国の望むところだろう。だが、行き過ぎれば、フィリピンにとっては大きな国益の損失となる。かつて米軍航空基地を追放してし中国の進出、脅威を招いたように。
ドゥテルテ氏もその点を勘案して虚虚実実の駆け引きを展開するのだろう。
重ねて言いたいのは、日本もノウ天気に構えていられる余裕はない、ということだ。
「国際法による支配」重視は当然だが、その奥では「力による支配」がうごめいている。米国の内向き志向で、東アジアは「力重視」に傾いている事を再認識したい。日本は「力の支配」の行方を今まで以上注視していかねばならない。
そういう厳しい状況が強まっている。