「神」が大統領選に駆り出される時

オーストリアで12月4日、大統領選のやり直し選挙が行われる。候補者は野党「緑の党」元党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)と極右派政党「自由党」議員で2013年以来、国民議会第3議長を務めるノルベルト・ホーファー氏(45)の2人だ。今年4月24日の第1回投票、5月22日の決選投票、そして12月4日のやり直し投票だ。選挙戦も3回目となると、候補者も心身ともに大変だろうが、投票場に足を向けなければならない有権者にとっても「またか!」といった思いが出てくるだろう。そもそも大統領職は名誉職であり、極限すれば“なくて困るポスト”ではない。それを8カ月もかけて選挙戦を展開しなければならない候補者、政党にとっても「いい加減にしてほしい」というのが本音だろう。

▲新しい選挙ポスターとスローガンを紹介するホーファー氏(2016年10月21日、「自由党」公式サイトから)

ところで、ホーファー氏は10月21日、3ラウンドの選挙戦プラカードを公表し、スローガンに「So wahr mir Gott helfe」という言葉を決めている。「神の前で堂々と宣誓する」といった宣誓式の常套文句で、「Gott sei dank」と同じで、あまり意味はない。
このニュースが伝わると、対抗候補者のバン・デ・ベレン氏は早速、「選挙戦で有権者の宗教感情を傷つける白けるやり方だ」と批判。それだけではない。ローマ・カトリック教会関係者からも批判の声が上がっているのだ。

自由党の大統領選のマネージャー、キックル氏は、ホーファー氏がこのスローガンを選んだ理由を3点、挙げている。1つは個人の信仰告白、2つ目は大統領に就任する人間がキリスト教価値観を有していること、最後に、厳しい決定を下さなければならない時、自身の主観的な考えからではなく、キリスト教価値観に基づいて行うことを宣誓している、というわけだ。

選挙ウォッチャーの見方はもっと現実的だ。自由党は対抗候補者のバン・デ・ベレン氏が元共産主義者であり、現在は不可知論者であることを浮かび上がらせると共に、独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党「国民党」支持者の票を狙っている、と受け取っている。
特に、シリア、イラク、アフガニスタンなどから多数の難民が殺到し、欧州のイスラム化が懸念されている時だ。欧州社会がキリスト教文化であることを想起させ、キリスト教の原点をアピールできるという選挙戦略であることは間違いないだろう。ちなみに、ホーファー氏はカトリック信者だったが、その後、教会から脱会し、今はプロテスタント信者だ。

一方、不可知論者のバン・デ・ベレン氏は24日、記者会見で、「世界は大きな危機の中にある。失業者が増える一方、ポピュリストが台頭し、国民に不安と恐れを煽っている」と指摘、「オーストリアは中立主義を過去61年間、堅持し、発展してきた。安定した政情、福祉国家を築き上げてきた」と述べ、オーストリア国民に自信を持てと訴えている。不安と恐れを煽るホーファー氏を意識した内容だ。

ちなみに、ウィーンの教義学者ハイナ―・テュック氏は「ホーファー氏がスローガンの内容を真剣に考え、キリスト教の価値観を強調するなら、自身の政策、信条を変えるべきだ」と指摘し、「オーストリア・ファースト」「外国人排斥」政策などの見直しを求め、「ホーファー氏は神の名を選挙戦に利用してはならない」と警告している。

自称、敬虔なキリスト信者ホーファー氏と不可知論者バン・デ・ベレン氏の3ラウンドの戦いは、クリスマスを間近に控えた第2アドベント(待降節第2主日)の12月4日、投開票を迎える。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。