オバマ要因~期待→失望の影響がトランプ大統領を生んだ?

「Yes, we can」はむなしく響く。

アメリカ大統領選挙、共和党のトランプ氏が当選した。「衝撃の」選挙結果についての要因分析はさまざまである。「隠れトランプ」などを主張する識者もいるし、それに対して疑義を提示する専門家もいる。

ABCニュースによると75%から以前より誰に投票するかを決めていたわけで、しかもテーマとしては52%が最も重要なテーマは「経済」としたことも事実としては押さえておきたい。

実質、中位所得が2000年の水準を超えない経済の状況が格差拡大の不満をトランプに向かわせたという意見もある。ラストベルトと呼ばれた地域を重視したトランプの戦略の勝利という意見もある。

このように、様々な解釈が成り立つ。我々はそれらを読んで、なんとなくわかった気になるものだ。しかし、アメリカ国民の心理に影を落とした大事な要因が気になるのだ。

オバマ要因がトランプを生んだ?

今回の選挙でトランプ勝利を生んだ大きな要因はオバマ大統領であった。

つまり、オバマ氏が勝利してしてからの「期待への失望」が心理的に大きな影響を与えたと考える。彼は根深い人種間対立の融和などの理想的な政策推進、大企業優遇に対する規制、格差是正、ノーベル賞受賞が促進した平和実現など近年まれにみるほどの「期待」や熱狂的な支持を背負っていた。

しかし、この8年、その期待がもろくも崩れ、失望へと変化した。今回の結果は、オバマ大統領のこの8年の結果への心理的反発の強さだろう。期待されたものが大きいほど、反動としての失望も大きい。

失望1:オバマに託された夢・期待への失望

第1に、アメリカ国民の根底にあるのは、マイノリティ初の大統領になりながら、「期待」された国民の統合としての役割を果たさなかったことへの失望である。

人種間の亀裂は修復できなかった。今でも、相変わらず白人警官が黒人を射殺する事件は続発している。

白人の一部には、マイノリティの黒人が大統領になってしまったことに対しては時代的なものといったんは納得していても、感情的には認めたくない人もいた。こういう人たちは、自分たちが「不遇」なままで状況が何ら改善しない、不安を感じるようになった場合、無意識的なレベルでトランプの心地よい言説になびくであろう。

多くの識者に指摘されているが、白人の高卒未満の中年の自殺率が上昇している(地方居住の女性は特に)。

父親がガーナ人であり、アメリカで育っているとはいえハワイ育ち。アメリカ人としてはメインエリートからは離れている(だから期待された)。夢が覚めた途端、アメリカのリーダーと認められなくなるのも訳はない。

失望2:アメリカ政治は「チェンジ」しない

第2に、アメリカ政治の構造問題に対して何ら手を打てなかったこと。さらに、格差抑制、エスタブリッシュメント対応については、民主党大統領としての「期待」に対する裏切りという結果になってしまった。

オバマの実質上の後継であるヒラリー・クリントン候補は、相変わらずウオール街と関係が深い。クリントンに嫌悪感が広まるのも当然のこと。同じエスタブリッシュメント側とは言え、選挙で「利益集団」からの支援を通常の候補者より相対的に少なくしか受けていなく、自己資金中心に選挙戦を戦うトランプに感情移入するのも当然だろう。

「(企業の)影響力の代理人ロビイスト」が政策過程に影響を及ぼしているというのはアメリカの常識である。マイケル・ムーアの映画でも、サウスパークのようなアニメでも、ザ・ホワイトハウスのようなドラマでも言及されているし、アメリカ国民にとっては常識であるし、話題になる(そこが日本政治とは違うのだが)。

リーマンショック後の対応を見ても、70兆円もの公的資金を投入し、救済したことが庶民にとって不満を買う結果となった。ウォール街には金儲けしか考えない悪党で金持ちが多いのに、なんで税金投入して助けたのだ、という感情は根強い。

そして、その問題構造はチェンジしなかった。

Occupy wall street(ウォール街を占拠せよ運動)、大学生が民主党の元社会主義者サンダース氏を候補支持するサンダース現象、ピケティ氏の言説がブームになったことなどが示した格差是正の期待に対して、オバマ政権は十分に対応できていない。

失望3:魅力的すぎたスーパーマンの実力露呈

第3に、オバマの人間力、パーソナリティーが持っていた当初のスーパーマン的「期待」とのギャップが現れたことだ。

スーパースター並みのルックスのイケメンが、高らかな理想を掲げ、感動的な演説、スピーチライターであるファヴロー氏の巧みな言葉のチョイスに心揺さぶられ、盛り上がって夢を見ていたが、ハッと醒めた時には酔っていた自分に気づく。

「Yes we can」「核兵器廃絶」などオバマの言葉、広島でのオバマ演説、そして立ち振る舞いはほんとうにかっこいい。心に感動と憧れにも似た感情を呼び覚ますものだったが、その高尚な発言と颯爽とした振る舞いと対照的に、現実の政治での結果が伴わなかった。

期待が裏切られたと感じた人々が、世の中の不満・不平に対して「何かやってくれそう」と思えるトランプに投票するのも仕方ないことだろう。

期待が裏切られたと人は感じる深ければ深いほど、失望は大きくなる。高尚な言葉の大統領の次の大統領が「暴言(とされている)」連発というのも、皮肉なものである。

データで見てみよう。
そもそも2008年の大統領選挙における白人におけるオバマの得票率は43%、マケインは55%であった。白人においてもそれだけオバマに投票したことに驚きを感じる読者もいるだろう。2016年の選挙では、白人はトランプに58%、クリントン37%と大差がついているというか、クリントンが減らしたということが言える。

白人層がこれだけ民主党候補から共和党候補に移ってしまったことは大きな影響だ。母数が大きいので、白人の多くの票をクリントンが失ったということだ。

アメリカ政治は揺り戻しが多い。長期的にみると、今回は極端に左にぶれた(政策的には違っても)ところに対する揺り戻しにすぎない。

演説のうまさ、スマート、イケメン、若さ、そして出自。まさに、時代が必要としたかのように思える「統合の象徴」。

光り輝いていたオバマ大統領に裏切られた気持ちは、生活への不満や不公平感と相まって増幅する。

ちなみに、オバマ大統領の支持率は長らく40~50%代で推移しており、歴代大統領の平均支持率においては低いほうである。連邦議会の動向もあるので、オバマ政権が難しかった部分もあるのでかわいそうな面もあるのだが。

トランプの政策の粗さ、感情を刺激する発言、資質が足りなさもそれは了承している。でも、生活に苦しむ、未来に見えない絶望の人生にとっては、トランプの発言が心地よく響く。

鬱屈した不満感情は理性を吹っ飛ばすといったところだろうか。

トランプのマーケティング戦略が勝利し、共和党が上下両院を占める結果になってしまったというのは当然の結果であったといえよう。