象徴天皇制の将来は、あくまで国民の選択に委ねられている

(宮内庁サイトより)

有職故実に詳しい方々が実にもっともらしい理屈を掲げて、天皇の譲位(生前退位)制度の創設に徹底抗戦論、反対論を展開されている。

明治以来譲位(生前退位)は一度もなかったのだから、近代天皇制の中では譲位(生前退位)を考える必要はないとか、一度譲位(生前退位)を認めてしまうとパンドラの箱を開けたようなもので、いずれは天皇制そのものの崩壊に繋がってしまう虞があり、絶対に認めるべきではないとか、譲位(生前退位)を認めると天皇の神秘性を失わせることになるなどの議論が展開されている。

明治憲法制定時の議論や現行憲法制定後の政府側の国会答弁を持ち出されてくると、ついついその当時の議論の渦に巻き込まれて身動きできなくなりそうだから、私はあえてこの種の議論には加わらないようにしている。

もっと簡単に考えた方がいいですよ、国民主権なんだから、現在の国民の大方の意見や希望を斟酌して、大方の国民が納得できる、あるいは完全には納得しなくてもそれほど強い異議を述べなくても済むようなほどほどの結論を出した方がいいですよ、というのが私の意見なのだが、如何にも専門家らしい人が如何にももっともらしいことを言い募り始めると決められるはずのことも決められなくなってしまいそうで、内心ハラハラし始めている。

何だか百家争鳴で収拾が付かなくなりそうだな、と思っているが、そこを何とかするのが政治家だろう、有識者だろうとも思っている。

現在の象徴天皇制は、明治憲法の天皇主権から現行憲法の国民主権への移行を円滑にするための知恵の結晶で、戦後の日本の統治システムを構築するための最重要原理原則の第一番目に位置するものだから、明治憲法時代の天皇制や明治憲法制定前の日本の天皇制とは画然と切り離して考えた方がいいだろう、というのが私の考えである。

戦後70年にわたる象徴天皇制が現実に果たしてきた機能を率直に評価し、さらに今上天皇が実際に天皇という地位に上られてから今日まで体感されてこられた事柄などに十分思いを致して、国民がこれからの日本の象徴天皇制の在り方を決めればいいではないか。

大方の国民が最終的には受け容れてくれそうな天皇の譲位(生前退位)制度ぐらいは、今の国会議員でも十分構想できるだろう。

衆参両院議長の下で、各政党の代表者の意見を聴取して、それなりの成案を纏めればいいじゃないか。
私は、そう考えている。

あまり事を難しくし過ぎないことである。
選択肢が多過ぎると物事はなかなか決められなくなる。

最後は、エイヤッと決めなければならないこともある。

出来るだけ無難な方を選ぶことである。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2016年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。